自然の中で子どもたちに育まれるものとは?
特徴を整理して「見える化」する
約2年前、保育士養成校の先生や現場の先生が集まる大会で、広島大学附属幼稚園(以下:広大幼稚園)の松本信吾先生のワークショップがありました。
それがきっかけで、東広島まで園の見学に行かせていただきました。
広大幼稚園は山一つが敷地ということもあり、子どもたちが木登りをしたり、斜面に穴を掘ったり、ターザンブランコで飛び回ったりして、豊かな自然環境のなかでダイナミックに遊んでいる姿が見られます。
人懐こい子は私に「手ぇだして」といってザトウムシや毛虫をプレゼント(!!!)してくれて、「これは大丈夫なやつだよ」と教えてくれたり、「今の季節はこの実があそこに落ちるけえ、とってきて水を混ぜると泡が出るよ」とか、「なめこが生えてるところ教えてあげる」と言って連れて行ってくれたりします。
園の子どもたちは、環境としっかり結びつき、今日は何をしたら一番楽しいかということを主体的につかみ取っているという印象を受けました。
保育に「自然」なんて必要ない?
そのころ、私の頭の中には、引っかかっていることがありました。 冒頭のワークショップで、同じグループの先生方からはこんな言葉を聞いたのです。
「こんな園庭ないから、うちの園じゃ無理」
「こういう保育は自然好きな人が推し進めようとしてるだけじゃない?」
「自然の中で、結局どんな効果やメリットがあるのか、エビデンスがないよね」
と。さらには
「私、自然が嫌いなんです。なんでもネットで買えて、家から一歩も出なくても生きていける時代に、別に自然のことを知らなくても生きていけますよね」
という先生もおられました。
「自然は大事」と言われると「なんで?」「わからない」と思う人が、保育士や養成校の先生にも意外とたくさんいること、でも、そんな先生たちも答えやエビデンスを知りたいという思いでそこに集まっていたことを感じたのです。
実際に園を見学してみて、こんな大人たち(私も含めて)より、よっぽど広大幼稚園の子どもたちのほうが、自分たちにとっての世界の成り立ちやつながりをよく知っていて、しっかりと自然とつながって生きていることに思い至り、より一層、園の保育のすばらしさに魅了されました。
自然保育の理論やエビデンスを大事に
そんなわけで、本作りを進めるにあたっては、自然保育の雰囲気を伝えるだけではなく、なぜそのような保育が必要か、どんな良い点があるかといった、理論やエビデンスに相当する部分を意識して見える化した目次構成を目指しました。
また、広大幼稚園では自然を媒介とした保育カリキュラムを作成しているのですが、これは一朝一夕にできたものではなく、10数年かけて先生方が試行錯誤し、今でも見直しを重ねているものです。
カリキュラム作成の過程で、一人ひとりの子どもたちの動き、表情、気持ちの変化、意欲、遊びの内容、遊びの広がりや深まり、友達や先生たちとのかかわりなどをよく見て、どれだけそこに自然がかかわり子どもの成長を支え、人と人をつなぐ橋渡しとなっているかを見ているようでした。
編著者の松本先生は子どものことをよく見ていて、こうした観察と蓄積が、この本の骨格になったのだと思います(5章のエピソードにも活かされています)。
保育関係者だけでない、子育てに携わるすべての方へ
山や森がなくても、タンポポやダンゴムシ、雲や風といった身近なものを通して、子どもを世界へとつなぐ保育者の専門性こそが必要で、そのためには、保育者は身近な環境への好奇心とセンス・オブ・ワンダーをもっていることが必要のようです。
すでに自然保育に取り組んでいる人にとっても、自然が苦手な人にとっても、本書には納得できる説明やエピソードがたくさんあると思います。フルカラーで写真も満載、広島弁の子どもたちのイラストも楽しいです。
保育関係者や行政関係者(最近は、地域活性化と幼児教育への自然保育導入を絡めて進めている自治体も増えています)はもちろん、子育て中の方にもとても参考になると思います。
「願わくば、自分もこんな幼稚園に通いたかった!」
「これからの子どもたちにはこんな豊かな幼児期を過ごしてもらいたい!」
そんな思いになるのではないでしょうか。
(第1編集部 荒川 陽子)
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身近な自然を活かした保育実践とカリキュラム 環境・人とつながって育つ子どもたち
編著:松本信吾
監修:広島大学附属幼稚園
サイズ:B5 176頁
価格:2,200円(税別)