第17回 “ゆりの会”
日活仲間の会のほか、吉永小百合さん主催の”ゆりの会”でも、日活の方々が集まります。
この会は吉永小百合さんと共演された役者さん、吉永さん出演の作品をお撮りになった監督、スタッフの方々が集まります。父も『拳銃無頼帖 電光石火の男』、『拳銃無頼帖 不敵に笑う男』(ともに1960年、野口博志監督)等で、吉永小百合さんと共演しています。
去年の3月頃、父が「おまえたちも一緒に行こう!」「小百合ちゃんに聞いてみなさい」と言うので、早速、私は吉永さんのマネージャーに連絡を取りました。ご招待を受けている訳ではないし、私は恐縮していたのですが、間もなくマネージャーから連絡があり、「吉永が、是非、御越し下さいと申しております」と聞き、父の後ろを夫と付いて行くことになりました。
最近、TVのコマーシャルでお見受けする、そのままで、聡明でお美しい吉永小百合さんが、集まられた方々を、順番に一人ひとり紹介します。お酒が入った父の長話も、手の焼ける先輩を操縦する後輩マネージャーのように、「はい、錠さんそこまで!!」と・・・
そして、私の番になり、「さあ、自己紹介して」と、補足分もちゃんとフォローしていただき、まだ、駆け出し俳優の夫のことまで「どんな作品に出たの? どんな役者さんになりたいの?」等々、お気遣いいただき、ただただ、感激するばかりでした。
それから、別部屋に移動し、カラオケ大会になり、あまり歌を歌わない父がいつになくマイクを握り締めたまま離しませんでした。
私の隣にお座りになっていた、吉永さんも出演されている宍戸錠主演『ろくでなし稼業』(1961年)の斎藤武市監督が、「錠さん、今日は上機嫌だな」と・・・
ちょっと、お酒が入り過ぎた父。「錠さん、飲みすぎ!! まだまだ、錠さんにも頑張ってもらわなくてはいけないんだから」と吉永さんに言われ、『青い山脈』(1963年、西河克己監督)、『泥だらけの純情』(1963年、中平康監督)でコンビを組んでいた浜田光夫さんとお二人で吉永さんが歌われるのを、素直に父は言うことを聞いて、席につき聴いていました。
その歌はまるで、皆の中に各々の青春の思い出の映像が3Dのように浮かんで上映されているようでした。
清らかな気持ちでゆりの会は閉められました。
帰り際に「お母様、元気? 宜しくお伝え下さいね」と吉永さんに声をかけられ、「はい、元気です。伝えます」とつい、言ってしまいました。しかし、実際はもう入院中の母は私の言うことは理解出来なくなっていました。でも、確かに母には伝えました。
そう、素敵な清純な吉永さんに、私は小さな嘘を付きました。
父が飲み過ぎになりそうな時、宍戸錠事務所に飾ってある”ゆりの会”のビンゴゲームで当てた吉永小百合さんの写真入りの焼酎を指し、「吉永さんに怒られますよ」と私が言うと、父はお酒の入ったグラスをテーブルの上にそっと、置きます。
『青い山脈』(DVD版ジャケット、発売元=日活)
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