第10回 「あ~い!」と長谷部安春監督からカットがかかるまで・・・
壇上に立ち、父は泣きました。
「宍戸錠を作ってくれたオトコなんだ」と。
「あ~い!」と独特の声で、映画の撮影のシーンにカットをかけます。
日活には昭和33年に助監督部で入社し、井田深、鈴木清順、野村孝等監督の組で、脚本も書かれた方です。徹底したアクション映画を手がけてきた長谷部安春監督。
宍戸錠主演『みな殺しの拳銃』、『流血の抗争』等で、アクション・スター・宍戸錠を作り上げた監督です。
日活でアクション映画を撮り続け、昭和46年にロマンポルノに体制が変わってからも、監督は撮り続けました。
1978年に日活専属を終了し、セントラル・アーツの黒澤満さんに招かれテレビに進出します。松田優作さん主演『探偵物語』、石原プロモーション製作の『西部警察』、『大都会PART Ⅱ』等。皆様の記憶に残る大作をおやりになり、テレビでも活躍されました。
常に時代の代表作を手掛け、70代になっても意欲的に作品に取り組んでおられました。
それだけのご多忙にもかかわらず、我が家で家族間のトラブルなどが起きた時、時間の許す限り飛んできていただき、「あ~い!」と映画のカットをかけるように我が家の問題にもカットをかけていただきました。
そんな、止まることのない長谷部安春監督が、水谷豊さん主演『相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿』の公開を見届け、昨年6月に天国へ旅立たれました。そのすぐ後、母のがんが発覚し、余命を宣告された父は9月の「長谷部安春監督を偲ぶ会」でオトコ泣きしました。
宍戸錠を作り上げた長谷部安春監督が天国へ逝き、もう一人、宍戸錠を作り上げた女性(母)の余命を知り、いたたまれなかったのでしょう。
宍戸錠を支えてくれた二人のためにも、まだまだ、素晴らしい映画作品に挑戦していかなくてなりません。
長谷部安春監督が天国から、「あ~い!」と宍戸錠の俳優生活にカットをかけるまでは・・・
CD「日活映画音楽集~スタアシリーズ~宍戸錠」ジャケット
宍戸錠さんは現在発売中の「文藝春秋」12月号
「特別企画・安保と青春 されどわれらが1960」に
「日活ダイヤモンドライン たった一度の勢揃い」を
寄稿しています。ご覧ください。
コメント
お母さまのご本『終わりよければすべてよし』を今日一日で読み上げその後のことが知りたくて検索してここにたどり着きました。
お父さま、オトコ泣き、されたんですね。よかった。終わりよければすべてよしでしたね。よかった。
第10回でコメントを頂きましたreiko様ありがとうございます。母は宍戸錠の妻としてとても強い女性でした。最後の力を振り絞って『終わりよければすべてよし』を書き上げました。私の目標は母のような女性になることです。これからも若輩者の拙いエッセイですが読んで頂ければ幸いです。
(編注:宍戸游子著のエッセイ『終わりよければすべてよし』は2010年1月、NHK出版刊)
※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。