第5回 “俳優の宿命”
小刻みにきざむ無機質な音・・・
TVのロケ。夕方からは映画の重要なミーティング。翌朝はバラエティーのロケ。
「いいか、しえ、何があっても仕事優先にしろ!」と父。
「・・・」
私が生まれる時も、父は映画のロケでメキシコに行っており、立ち会えなかったと母から聞いていました。
10年前にパートナーである奥様をがんで失くされた時に書かれた作品を、今、石井隆監督はメガホンをとることにしたということで、どうしても父に参加してほしいというお手紙をいただき、会うことになりました。
石井隆監督とは、杉本彩さん主演の「花と蛇2」以来、2回目になります。本(脚本)を渡されたとき、とても重たい気持ちに私はなりましたが、「久々の悪役だ!」・・・と、父。
「スケジュールはハードですし、特に[Duomo]として使う洞窟では死体のまま引きずり、首を吊られ石造から落とされるなど・・・」
「保険も掛けた方がいいと思います」とプロデューサーと監督から説明を受けました。
正直、もう、私は頭の中が、監督の撮られる映像のように、真っ赤に染まり波を打ち、その真っ赤なドロドロしたものはぐるぐると流れ、勢いを増してきます。
台本を読み合わせている宍戸錠(父)と太田剣(夫)とBUJIN(弊社所属俳優)
と同時に何度も携帯のバイブが揺れ動きます。
父に携帯の着信履歴を見せる。「わかった」と父。
映画の打ち合わせは続きます。
「お急ぎですか?」何度も携帯を父に見せる私に気を使って監督が声をかけてくれました。
「大丈夫。明日はバラエティーのロケだけど・・朝まで飲んでやっても大丈夫だから・・・」
「睡眠時間、3時間で何年もやってきたこともあるし・・・大丈夫、大丈夫!」と父。
深夜、ようやく打ち合わせは終わり、父と主人と3人で病院へ車を飛ばします。
車内で「アイツはこんなことに負けるヤツじゃない! 中国から死にものぐるいで戻ってきて、今まで・・・本当に強いヤツなんだ!!」
黙って運転する主人。前をただただ見つめる私。父の言葉が車の中をいっぱいにします。
無機質な音の中、私はしゃべり続けます。
「JI(父のこと)来てるよ。うざい?!・・・」
にやっと笑います。
「いろいろ迷惑かけてごめんなさい。許してね。本当にありがとう、ありがとう・・・」
ぎゅっと、私の手を握り返しました。その手で、父の背中を押すと、顔を近づける父・・・
翌朝、父と私と主人、宍戸錠事務所の俳優陣はバラエティー番組のロケで、ダジャレを言いながら、お笑い芸人のハイキングウォーキングと楽しそうにロケをしました。
小刻みにきざむ無機質な音が「 ――――――――――――――― 」
TVカメラに向かい笑い続ける父、私・・・
昨日、危篤状態の母が天国へ旅立ちました。
”俳優の宿命”
そして、俳優の妻の宿命です。
母に顔を近づけて何かを呟いていた父の背中を見たとき、私は二人にしかわからない月日の重さがあるのだと思いました。そして、結婚した私は、少し、その重さを感じ始めています。
宍戸錠
石井隆監督作品「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」公開中
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