シニアライフと年金(4)~不十分な公共事業などの削減と事業仕分け
このような年金問題のなか、菅首相は、7月の参議院選挙の際、「消費税の引き上げなどの税制改革によって『強い経済・強い財政・強い社会保障』を」と訴えましたが、結果は大敗(惨敗?)に終わりました。その敗因は、従来、消費税の10%の引き上げで総額860兆円に上る国の借金を少しでも返済するとともに、社会保障を立て直そうとする自民党と同じような話になってしまったほか、「政治とカネ」や沖縄の米軍普天間基地の移設問題で迷走(?)した鳩山政権の“後遺症”も響いたようです。
この年金改革にあっては、民主党政権は税金と社会保障の個人情報を一括管理し、共通番号により、税金と年金などの保険料を合理的、効率的に徴収し、その財源に充てたいとしていますが、個人情報保護法との関係をどう考えるべきかの議論が残っており、導入は早くても3~4年後になりそうです。
また、年金の新たな体系についても、すべての国民が同じ制度に加入するとともに、現在、満額で月額約6万円の国民年金の基礎年金を「最低保障年金」に改め、財源を全額国庫(国税)とし、1人月額7万円に増額する改革案を検討していますが、こちらも、先の消費税の引き上げに対する国民の不信感が根強いため、メドは立っていません。
この「最低保障年金」などの構想は、「高福祉・高負担」で知られる福祉の先進国・スウェーデンの最近の年金改革を参考に導入したいというわけですが、長年にわたる高速道路やダム、地方空港などの公共事業や防衛費、宇宙開発事業の歳出増のため、破綻しつつある国家財政を再建すべく、これらの予算のカットはなお不十分という声もあります。それだけではありません。自公政権では行われなかった国庫の無駄遣いをチェックする事業仕分けもまだまだ不足している、というのが有権者の判断なのでしよう。
■問われている年金の存在価値
思うに、わが国は1973(昭和48)年に世界的な石油危機に見舞われ、高度経済成長から低成長へと変わったうえ、1990年代に入ってバブル経済を迎え、金融機関は土地騰貴に走り、国民もマネーゲームに踊らされましたが、それもつかの間。ほどなくして崩壊したほか、経済のグローバル化が加わって日本経済も「100年に1度の経済危機(?)」に巻き込まれ、昨今のデフレ不況に見舞われることになりました。
このため、GDP(国内総生産)は中国に世界第2位の座を明け渡すことになりましたが、資本主義国では今なおアメリカに次いで第2位です。また、国民の金融資産(預貯金や有価証券など)は総額約1450兆円と世界一であるにもかかわらず、小泉政権時代の構造改革の失政により、大企業による従業員の「派遣切り」や「雇い止め」が行われており、サラリーマンの3人に1人が非正規雇用労働者となるなど、格差社会が表面化しています。
そこで、もうこれ以上、疲弊した国民に対して増税などの負担を強いるのではなく、2050~2060年の超高齢社会を見据え、まずは無駄を徹底的になくすとともに、公共事業や防衛費、宇宙開発事業を抑制し、年金や介護、子育てなど、社会保障を最優先した「新しい公共」を果敢に実施し、国民の命と暮らしを守る国づくりに邁進すべきでしょう。
経済が低迷している今だからこそ、“セ―フティネット”としての社会保障、それも、とくに年金の存在価値が問われているのではないでしょうか。定年退職前後のシニア世代にとって、いやがうえでも関心を寄せざるを得ない国家的な課題だと思われます。
見直されるべき公共事業?(群馬県・ハツ場ダム工事現場にて)
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