Letter73「旅立ちの場所 その4」
ついにSさんが本音を語りました。その後の出来事です。
私はその件を、連絡をくれた元同僚のRさんと話し合いました。RさんはこれまでSさんがその信仰に注いできた情熱をよく知っており、気持ちを変えることはないだろうと言いました。そこで、本人の意思を尊重し、自宅にいる間にご家族との時間を持つことができるよう手配してくれました。Sさんと疎遠になっていた親族が、ポツリポツリと彼女の元を訪れるようになりました。
そして一週間後、Sさんが私に言いました。「病院に行きます。方角が悪いけど、たった一人の血縁の兄が遠くから来てくれて、私を叱ってくれました。命が一番大事なのだと」。
Rさんと私はSさんの気が変わらないうちにと,そのまま病院へ直行しました。一週間後、Sさんはホスピス病棟で亡くなりました。その日は、彼女がホスピス外来を受診する予定の日でした。最後は痛みも薄れ、穏やかな日を過ごされたとのことでした。
Sさんは、私が医療コーディネーターとして関わった患者さんのなかで、一番頭を抱えた方でした。体調も悪く、理解力はあるにも関わらず、無理難題を押し付ける、大変難しい患者さんだと思っていました。初めはその理由が分からず、どうしたらよいのか途方に暮れましたが、結局はSさんに寄り添い、信頼関係を築き、本音を聞くことが一番の近道でした。
Sさんは当初、医療関係者は誰も信頼しない、訪問医も訪問看護師も誰も家には入って欲しくないと言っていました。しかし、私を拒否する言葉はなかったため、何日もただ通い続け、話を聞き続けました。直接的にSさんの気持ちを変えたのはお兄さんでした。しかし、側に居続けたからこそ、その瞬間をキャッチし、実行へ移せたのだと思います。
家で過ごしたい、家で死にたいと元気な時に思う人は多くても、実際に家で亡くなる方は全体のわずか一割だと言われています。その理由はさまざまあると思いますが、病院の外へ出ることで治癒から遠ざかる不安、在宅医療を提供する人たちとの新たな関係の構築への不安も大きな理由であると感じます。Sさんのように、信仰や迷信など、他人には容易に理解してもらえない理由を抱えている場合には余計に信頼関係の構築が重要となってきます。
まずは相手を知ること、相手を受け入れること、人間関係の基礎が看護の基礎でもあると実感した一件でした。
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