Letter71「旅立ちの場所 その2」
それまで抗がん剤治療を受けてきた病院から、別の病院を探すよう言われたSさんは、一人暮らしでした。昔の仕事の同僚のRさんが心配して、医療コーディネーターを探し、依頼の電話をかけてきました。私はRさんと電話で簡単に話をしたところ、Sさんはかなり体力が低下しているだろうと予測できました。Sさんの体調次第で、今後の療養場所や治療の再開の検討など、提案する内容は変わってきます。とにかくまずはご本人に会わなければと、依頼のあった翌日に私はSさんのお宅へ向かいました。
Sさんは、これまでの病状の経過を詳細に記録しておくというタイプの方ではありませんでした。これまでの経緯は、Sさんの記憶の断片を繋ぎ合せてやっと把握できました。これまでの診療経過と今飲んでいるお薬、身体所見を総合してみると、主治医の言う通り、次の療養先を一日も早く確保しておく必要があることが分かりました。
というのも、Sさんの足はひどくむくみ、この一週間で外出はおろか、自宅内を歩行することも困難になっていたのです。室内ではトイレとベッドに行くのがやっとの状態で、お風呂はヘルパーに手伝ってもらっているとのことでした。ただ、咳込みのひどさとむくみのひどさを考えると、ヘルパー介助による入浴は危険を伴うことが考えられました。食事は配食サービスを利用していましたが、配食された食事を玄関先に取りに行くことさえ困難でした。
また、がんが原因の痛みもありました。処方された薬のなかにはモルヒネもありましたが、そのことを本人は自覚していませんでした。「この薬は一錠飲んで具合が悪くなってしまった。強い痛み止めの薬というけれど、痛くても二度と飲みたくはない。別の薬で我慢する。前もらった痛み止めが少しは効くからそれを飲んでいる」と、消炎鎮痛薬を飲んでいました。しかしその薬も残りわずかでした。
まずは、これからのことをどうしていくのか、Sさんは何を望んでいるのかを話し合いました。Sさんの希望は二つ。一つは、主治医を変更したくないこと。二つ目は、理由は言えないけれど一か月後までどうしても入院したくないことでした。しかし、この二つの希望は現実に即したものではありませんでした。そのことは重々分かっているはずのSさん。それでも頑として主張を変えようとはしません。
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