Letter70「旅立ちの場所 その1」
在宅医療をご存知でしょうか? 住み慣れた我が家で医療を受けながら過ごすことを実現するものです。主に往診医と訪問看護師が24時間365日対応で活躍します。栄養補給や痛みのコントロールなどを中心に医療行為を行い、ご自宅で自分らしく過ごすことを支援します。積極的な延命行為はしません。
ある調査では余命が限られていた場合自宅で最期(死)を迎えたいと考えている人が85%いるそうです(実際の割合は、病院死:在宅死=87:13)。とはいえ、在宅だけでなく病院、ホスピス病棟など旅立ちの場はさまざまですし、当事者の思いもさまざまです。ある方の事例を紹介します。
Sさんは抗がん剤の治療を総合病院で長年続けてきました。Sさんの主治医は大変高名な方で、Sさんはこの医師に任せておけば何とかしてくれる、何があっても安心だ、と考えていました。
ある日、Sさんはいつもの通り主治医の診察に出かけました。Sさんはここ一か月ほど体力が低下して抗がん剤治療ができずにいたため、外来で経過観察を続けていました。この病院では、抗がん剤治療は外来のみで、入院して治療を受けることはできませんでした。また、入院できる人は抗がん剤治療をしている患者のみですと言われていました。そのため、体調が悪化した時のために入院できる病院を今から探しておいた方がよいと、主治医はSさんが外来に通院するたびにお話ししてきたそうです。しかし高齢のSさんは他の病院に当てがなく、新たに探すことは困難でした。結局、主治医についていこうと決めて外来受診を続けてきました。
少し日差しが短くなってきた秋のある日、Sさんが外来受診をすると、主治医はお休みでした。今月は2週間ほど海外の学会に参加しており、今週・来週と外来はお休みということで、代わりの若い医師が診察室で出迎えてくれました。この日初めてあったこの若い医師から、Sさんはこう言われたそうです。「この病院では外来でしか治療ができません。しかし、今のSさんの体力を考えるとそれは難しいでしょう。この病院でできる限りの治療は行いました。ここは入院できないので、他の病院かホスピスをできるだけ早く受診してください。これから紹介状を書きます。どこ宛に書いたらよいですか?」と。
Sさんは動揺しました。病院を変える話はされていましたが、こんなに突然、それも主治医ではない医師から紹介状を渡されるとは思ってもいませんでした。Sさんに他の病院の当てがなかったため、医師はSさんの自宅に近いホスピス病棟宛に宛名を書きました。その紹介状を手に茫然としたSさんは、これからどうしてよいのか分からず医療コーディネーターに相談することとなったのです。
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