ボン書店の幻 ―モダニズム出版社の光と影
昭和の初め頃、自らも詩人であった鳥羽茂が新鋭詩人たちの詩集を出版しようと一人で立ち上げた「ボン書店」。より多くの人に詩にふれてもらいたい、という気持ちから、手頃な値段でありながら、用紙や活字にこだわり、瀟洒な装幀、丁寧な造りの詩集を刊行していた。しかし、ボン書店が活動していたのはわずか7年ほど、その間に35冊ほどの美しい書籍を世に残してその姿を消した。
著者は、詩歌を専門に取り扱う古書店の店主。たまたま手にした簡素で美しい詩集の奥付に刊行人・鳥羽茂の名前を見つけ、彼の人生を追うことになる。しかし彼の足跡を知るものは少なく、なかなか辿り着くことができない。
ボン書店は採算を度外視して造りのよい本を出すため、鳥羽の生活は苦しくなるばかり。それにもかかわらず出し続けたのは、純粋に「よい本を出したい」「多くの人にこの詩集を読んでもらいたい」という情熱ゆえに他ならない。しかし、ついに貧困と病気から彼は出版を諦めざるを得なくなる。そして誰に知られることもなく、28歳の若さでこの世を去る。
こんなに熱い思いをもって、まさに命を削りながら出版し、しかし光をあてられることなく消えていった人間がいた、そんな人生にふれて思わず読んでいて胸が熱くなる。そして、それを知ることができた著者の仕事にも感謝の気持ちで一杯になる。
文庫化にあたって付け加えられた「文庫版のための少し長いあとがき」のなかに、著者と鳥羽の息子(瑤)が会う場面が描かれている。
「あなたのご本を読んで、親父に会えました」、瑤はそう言って長く頭を下げた。私は、どう応えていいのかわからなかった。
書籍が生んだ人と人との巡り合わせに、また感動してしまった。
(by うしお)