アラブ、祈りとしての文学
文学者もまた、同じ苦悩をもつようです。アラブ文学を専門に研究してきた本書の著者、岡真理さんは、パレスチナでの惨状を見聞きするにつけ、文学に何ができるのだろうかと考えてきました。
ある時彼女は、重度の外出禁止令が敷かれたベツレヘムの街で、何週間も自宅に閉じこめられた状態の女性と話します。囚人のような生活について聞いたところ、「ときどき気が狂いそうなることがあります」、でも「本を読んだりして気を紛らわせています」という答えが返ってきたそうです。
そのときはさして気に留めなかったこの答えを、岡さんは後日思い返しハッとしました。
生きていること自体が犯罪視されるような状況下で、人間が人間であるために存在するもの。
それが文学なのではないか、と。
本書は、虐殺の記憶、抵抗と放浪、異境での生活、アラブの女性観、祖国への思いなど、声なき声にあふれ、痛みに満ちた小説をひもといていきます。岡さんはそれらの傍らに立ち、慈しむやり方で小説のもつ文学性をみせていってくれます。すると読むにつれ、そこに登場する名もなき人びとが、目をそらせないほどの生命力を帯び、いきいきと心に迫ってくるのです。
文学は、時間や空間を超え、彼岸の人びとに普遍を感じることができる装置なのだというメッセージを実感せずにはいられません。(byこゆき)