誘拐
1963年、東京・入谷の公園でさらわれた子どもがいました。近所に住む男の子、吉展ちゃんです。友達と水鉄砲あそびをしていたとき、トイレに隠れていた男、小原保に言葉巧みに連れ去られ、数日後、家に身代金を要求する電話が入りました。
事件自体がどうなるかは、ここではふれません。ただ、本書は、事件そのものを追うかたちをとりながら、当時の日本をさまざまな角度からなぞっていきます。
たとえば、誘拐犯である小原。その生い立ちや培われた性格、誘拐に至るまでの心境など、克明な筆致で描き出されています。読み進むにつれ、憎むべき犯人に対し、読者は一様でない心理状況に陥るはずです。また、当時の警察が犯した致命的なミス、日進月歩の操作技術に翻弄された実情、警察内部でのさまざまな軋轢など、息つく暇もないまま、本は結末を迎えます。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったもの。本書はノンフィクションならではの迫力・説得力とともに、骨太の極上ミステリーに仕上がっています。昭和の大事件を単に「そういえばこんな事件あったな」という感想に終わらせない、深く考えさせられる1冊です。(byこゆき)