人生を料理した男
「アメリカ人が思い描く夢」。
何もないところから実力でのし上がり、後々だれもがうらやむような豊かで幸せな人生を掌中に収めること、というイメージが浮かびます。
この本を著したヘンダーソン氏は、まさにアメリカンドリームを体現した人物です。
窃盗や暴力が日常茶飯事の環境で育ち、成り行きで麻薬密売に手を染め、ありとあらゆる悪事を働きます。
そうこうするうちに仲間の密告で逮捕され、10年を超える刑期を言い渡されてしまいます。麻薬売買で手に入れた財産や恋人、家族の信頼すべてを失うわけです。
さて、ここでヘンダーソン氏が殊勝に更生し、「麻薬撲滅!」「だめ。ぜったい」なんて叫ぶだけでは、アメリカンドリームとしては今ひとつ。この話をよりおもしろくするのは、長い刑務所暮らしのなかで彼が全く縁のなかった「料理」に目覚めるところです。
なんとか厨房の下働きに潜り込んだ後は、積極的かつ謙虚に教えを乞い、その人柄・熱意・実力で周囲を引きつけていきます。あっという間に数千人の囚人たちの胃袋を満たす厨房を取り仕切るまでになり、いつしか料理で身を立てようとまで考えるのでした。
これ以降の快進撃が、アメリカならでは。
ヘンダーソン氏は「黒人」であるがゆえの障壁にも度々ぶつかりますが、ひとたび彼の料理の腕前を知れば、人々は自然と受け入れていきました。
本人の実力や熱意の前には「肌の色」「犯罪歴」「育ち」など無関係というお国柄。たとえそれが今のアメリカの本音でなくても、私たちも標榜すべき理念ではないかと思わずにはいられません。(by こゆき)