今夜、すべてのバーで
晩年(というには若すぎますが)の作品には、不安感・無力感が漂い、どこか「らもさんらしくないなぁ」と思わせる暗さがありました。しかし、1991年に出版された『今夜、すべてのバーで』は、底抜けに明るい希望が透けて見える作品です。
鳴かず飛ばず時代が長かった小説家、小島容(38歳、男)は、分野違いの執筆を引き受けたプレッシャーから酒におぼれてしまいます。とうとう緊急入院するのですが、大部屋での生活は予想以上にさまざまな人間模様が垣間見られるのでした。…病気のせいで中学生のままの少年、酒にとりつかれ人間をやめた男、傍若無人な夫が糖尿病になったとき、老妻がとった行動は。
小島は入院患者とのささやかな交流や主治医とのぶつかり合いを通して、少しずつ変容していきます。自分自身を振り返り、何が大切かに気づきます。
らもさんは、小島に自身を投影したのでしょう。小島の再生の過程はらもさんの切なる希望でもあったのだと思います。人間の慈しみや愛情、深い哀しみに涙する美しさを、主人公に託して書き上げたらもさんの心情に、いま心が痛みます。(by こゆき)