林檎の礼拝堂
テレビで大々的に取り上げられた、フランスの片田舎の朽ち果てた教会を覚えていないでしょうか。
ところどころ割れて、ノルマンディの寒風が吹き込むガラス窓とむき出しの船底のようなアーチ梁。そして、いまは人が礼拝することもなくなった祭壇。
16世紀に建立されたという小さな教会は、そんな状態でもどこか明るく、風葬によって浄化されたかのような印象を、見る者に与えました。
本書の著者、アーティスト田窪恭治は、取り壊しが決まっている住宅で家の記憶を作品化するなど、美術館の壁には収まりきらない芸術衝動に駆られてきた人です。
この教会をひとめ見て、「東京を離れ現地に移り住み、再生に心血を注ぐ」ことを決めたそうです。
それから、11年。ところどころ抜け落ちていた屋根は、17世紀の素焼き瓦と色とりどりのガラス瓦で吹き替えられ、床には厚さ3センチの錆びても腐食しにくいコルテン鋼が敷き詰められました。
そして壁は、30回以上塗り重ねられた絵の具を削りだして、対象を浮き彫りにする技法がとられました。入り口付近には、さまざまな色彩が不思議と感じられる白い壁に、晩秋を思わせる素朴な林檎の木が浮かび上がりました。
アーティスト自身が気取らない言葉で綴っているからこそ、静かな感動が生まれます。
梅雨のひととき、こんな本を読んで、遠い国の遠い時代に思いを馳せるのもいいかもしれません。(byこゆき)