したたかな生命
著者は、システムバイオロジーを提唱し、ソニーAIBOの開発者としても有名な北野宏明氏とサイエンス・ライターの竹内薫氏。北野氏は、癌の予防や治療への新しい試みも提唱しており、世界的に注目されている科学者の一人です。
近年、DNAの解析以来、分子生物学の世界は加速度的に研究が進んでいるようです。その分子生物学の成果を基盤に、分子や細胞の集合体からなる生物は、何を原理として構成され、生命システムとして機能しているのか、ということを探る「システムバイオロジー」という研究があります。
そのシステムバイオロジーの基本概念の一つが「ロバストネス(強靱さ)」。あるシステムに「擾乱(何らかの影響やトラブルなど)」が生じたとき、そのシステムを維持するために備えているさまざまな機能のことを指しています。
例えば、私たちは転んで膝をすりむいてしまったとき、体内に雑菌が入るのを防ぐため、白血球が細菌を殺し、血小板が傷口をふさぐ、という生体機能を備えています。これは、被害を体全体に広げないようにするために、膝の傷口付近だけで最小限に食い止めるべく体の機能を分節化していると考えられます。これらは生物というシステムがもつロバストネスの一つです。生命を維持するためには、柳の枝のようなしなやかさであったり、トカゲの尻尾のようなしたたかさなどを備えています。
ただし、部分的な強化(ロバスト)は、他の部分の脆弱性を高めることにつながります。生命は時間をかけて、進化の過程で環境に応じた、その強さと弱さからなる複雑なメカニズムの獲得をしてきたという視点も明らかにしています。
本書では、このロバストネスの概念を広げ、がんや糖尿病などの治療への応用、そして吉野屋の例などを取り上げながら企業の経営システムへの考察、ジェット機の設計に組み込まれた安全性の思想にまで、その概念を横断的に展開し、新たな視座を提唱しています。
生物のみならず、強いシステムの条件とは何かを考えさせてくれる一冊です。(byまっと)