東京夜話
紅葉の便りが聞かれるようになった、今日この頃。秋の夜長、ホッとするひと時に、不思議に心が温まる短編集はいかがでしょうか。
例えば、こんな話があります。東京・神田の神保町という世界最大の古書店街に現れる、奇妙な老人。真っ白の詰め襟を着て、両手に大量の本を抱えています。とてつもない違和感で他を圧倒し、素知らぬふりで店を出て行きます。それを目撃した語り手の男性(たぶん、いしいしんじさんご本人)は、カレー屋で偶然老人と知り合い、チキンカレーを食べながら「自分の本」にまつわる話を聞くのです。…「自分の本」というのは、何なのでしょう。それは、読んでのお楽しみ。
いしいさんは、こうした、地球のどこかで本当にあるかもしれない、不可思議な世界の物語を紡ぎます。それを読む者は、登場する人間や動物たちのなかに、ごく普遍的な、心の温かみや哀しみ、孤独や愛情を思い知ります。『東京夜話』は、いしいさんのデビュー短編だそうですが、その後生み出される数々の物語たちと違わず、1篇1篇に心が熱くなるきらめきを包含しています。
日常を忘れ、物語の世界に没頭するひとときを、フレーバーティやハイネケンを片手に、ぜひお楽しみください。(byこゆき)