ボクが日本に来た理由
ボクが子どものときはサッカー少年だった。でも高校生のときに右足を大ケガして、なかなか治らなかった。ギニアは医療がまだまだだから、足が悪いままになってしまった。サッカーの夢をあきらめて、一生懸命勉強したんだ。
それで、大学に入って、ヨーロッパに国費留学させてもらった。そのあと、ギニアの公務員試験を受けたら、1万人の中の1番になったんだ。それで、公務員になって外務省に入った。
公務員試験の科目は、社会とかタイピングとかがあった。タイピングは特技だったんだ。タイプするとき、周りの人が仕事ほったらかして見に来るぐらい早かったんだ。でも、今はできないんだけどね。タイピングが上手だったから、外務大臣の秘書になったの。それで、日本に大使館をつくるときに、外交官として日本に行ってくれといわれたんだ。
こんにちは サンコンです
こんにちは、オスマン・ サンコンです。
ボクの新しいブログに来てくれて、ありがとう。
最初だから、自己紹介をしますね。
ボクは昭和24(1949)年3月11日生まれ。ギニア共和国のボッファというところで生まれました。
きょうだいは22人。男10人、女12人で、ボクは12番目です。なんできょうだいが多いかというと、ギニアは一夫多妻制なので、ボクにはお母さんが3人いるからです。みんな同じ屋根の下で、仲良く暮らしています。
名字のサンコンはギニアの言葉で川という意味。名前のオスマンはモハメッドのMessenger boyという意味です。ギニアはイスラム教徒が多く、私もイスラム教を信仰しています。
ギニアでは、子どもが一人生まれるとオレンジとかマンゴーなどの実がなる木を一本植えて、その木の下にへその緒を埋める慣習があります。そして、木が大きくなって実がなったら、その子が最初になった実を食べるんです。お祝いだから、きょうだいや友だちを呼んで、みんなで一緒に食べます。ボクの木はオレンジ。今年で58歳だけど、毎年たくさん実をつけます。それを日本に送ってもらっているんだけど、すごく甘いんだ。