奉仕の心
10年位前、保険会社に勤務していた頃、同僚S氏のお子さんが足を骨折し車いすを借りようとしたところ、子ども用の車椅子は購入が原則でレンタルはしていないと知らされた。購入と言われても骨折が治れば車いすは必要なくなるし、もし再び骨折するようなことがあってもその時はもっと身体が大きくなっているかもしれない。このことに理不尽さを感じたS氏は同様の状況で子ども用車いすを購入してしまい持て余している方を探しだして回収しボランティアでのレンタルを開始した。
問題は子ども用車いすの保管場所であったが、意気に感じた近所の工務店が無償で保管用の物置を作ってくれた。地元自治体や福祉団体の協力もあって知れわたり多くの方が利用し感謝されたとのとのだ。
同じ頃、私は亡き父親の鬱病が深刻化していたため、知的障害がある弟の通う授産施設に紹介していただいて精神科医を訪ねていた。長く営業をしていた癖で名刺を差し出すとそれを見た先生から「君の会社には立派な方がいる」と開口一番告げられた。S氏のことであった。聞けば保管用物置を無償で作ってくれた件の工務店の社長は先生の長年の友人だったそうだ。「袖振り合うも多生の縁」とはよく言ったものだ。
S氏は休日にお子さんを連れて障害者の授産施設で映画上映会を行ったり知的障害者のスポーツ大会であるスペシャルオリンピックスの開催を支援したり、地方で災害が起これば出向いて炊き出しを行なっている。彼のボランティア精神には本当に頭が下がる。
今では1~2年に1度くらいしか会わないが、昔の同僚20~30名くらいで行う飲み会の幹事をコップ1杯のビールすら飲めないS氏が引き受けてくれている。
私が社会人になって初めて務めた会社の社訓に「奉仕の理想を忘れない」とあった。哲学者ソクラテスを称える言葉に「自己犠牲は美徳の原点である」とあり、川端康成の小説「伊豆の踊り子」の有名な一説に「いい人はいいね」とある。
彼のような知人がいることも身内の介護をしている私にとって一つの支えとなっている。
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