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岡田慎一郎の「古武術介護のトリセツ」

出来ない時間の充実感

 ベッドや車椅子からずり落ちた方を長座(足を投げ出した状態)から立ち上がらせる技術「添え立ち(そえだち)」を、実際に甲野師範から受け、ふわりと浮かぶような感覚を味わいました。
 筋力に頼らない「技の世界」を体感し、自分もやってみたい!と練習をしてみました。
 ところが、理屈は分かるものの、身体はその通りには動いてくれません。いくら練習しても尻餅をつくばかりで、相手はふわりと立ち上がってくれません。
 しかし、周囲を見渡すと、この技術を軽々と行っている人がいます。
 緊張気味に声をかけると、快く、ご自分が気づいたポイントを丁寧に教えてくれたのです。

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 「足場を固定したまま行おうとすると、どうしても力まかせになるので、後ずさりをするように2、3歩下がると、最初はやりやすいですよ」
 なるほど、これならば後ろに倒れる力も引き出しやすい!
 これならばできるかも!
 しかし、実際に行ってみると相手は上がらず、畳の上をすべるだけ……。
 すると、近くで見ていた方からアドバイスが。
 「倒れる時はお尻が丸くなっているけれど、あなたの場合、途中でお尻が反ってしまう。すると、倒れることが止まり、筋力の力に変わってしまう。だからいつまでも倒れる力 が出し続けられるように、お尻は丸めたまま下がるといいですよ」
 このアドバイスで少し相手は上がったものの、まだまだ立ち上がることなどは遥か遠い
感覚です。
 しかし、できないなぁと悩んでいるうちに、自分のようにこの技術をしたい人と、アドバイスをくれる人たちが自然と集まり、共同研究の場が発生したのです。できなくて悔しいという思いはあるものの、様々な人たちと試行錯誤し、またできる人たちのそれぞれのアプローチを聞くことができました。
 できない時間なのに充実感がある、そんな経験ははじめてでした。
 結局、その日の講習会で「添え立ち」はまったくできませんでした。しかし、身体の動きを工夫することの楽しさを実感したため、倒れる力を立ち上がらせる垂直方向の力に変換する動きを、日常生活のあらゆる場面で試すことにしました。
 まるで、お気に入りのおもちゃを手に入れた子供のように、敷布団を持ち上げる時、ゴミのコンテナを持ち上げる時、開けにくい引き戸を開ける時など、様々な場面で行いました。
 すると、少しずつですが、力まかせの動きが減り、身体に負担がなくなってきたのを感じました。できないというのは形に囚われている状態で、実は少しずつ進化している。
 そんな可能性を感じながら、できない時間を楽しんでいく気持ちが芽生えていったのです。


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プロフィール
岡田慎一郎
(おかだ しんいちろう)
介護支援専門員、介護福祉士。1972年生まれ、茨城県出身。身体障害者施設、高齢者施設の介護職員を経て、朝日カルチャーセンター等の講師を務める。武術家甲野善紀氏との出会いにより編み出した、古武術の身体操法に基づく介護技術(古武術介護)で注目を集める。著書に、『親子で身体いきいき古武術あそび』(日本放送出版協会)、『古武術介護入門』(医学書院)、雑誌掲載など多数。(タイトル写真提供:人間考学研究所)
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