筋力でない技術の味わい
長座(足を投げ出して座った状態)から立ち上がらせる技術「添え立ち」は、何度行っても力まかせになり、ふわりと力感なく立ち上がらせるのはまったくできませんでした。
しかし、何とかできるようにしようと、日常生活の中でも技術の要素を使うことを積極的に行うようにしていました。
現在、講習会でも添え立ちはなかなかうまくできない方が多く、もっとも難しい技術の一つといえるでしょう。ただし、できた時の感覚は今までとまるで違うため、参加者の方も非常に熱心に取り組んでいます。
ただ、熱心すぎて、ついつい無理をしてしまい、数は少ないですが腰痛になってしまう方もいます。せっかく、腰痛などにならない技術を求めてきたのに、非常に残念なことです。
出来ない時間の充実感
ベッドや車椅子からずり落ちた方を長座(足を投げ出した状態)から立ち上がらせる技術「添え立ち(そえだち)」を、実際に甲野師範から受け、ふわりと浮かぶような感覚を味わいました。
筋力に頼らない「技の世界」を体感し、自分もやってみたい!と練習をしてみました。
ところが、理屈は分かるものの、身体はその通りには動いてくれません。いくら練習しても尻餅をつくばかりで、相手はふわりと立ち上がってくれません。
しかし、周囲を見渡すと、この技術を軽々と行っている人がいます。
緊張気味に声をかけると、快く、ご自分が気づいたポイントを丁寧に教えてくれたのです。
武術の身体運用から発想された介助技術の衝撃
はじめて甲野師範の講習会に行き、筋力に頼らない技の世界を体感したものの、この時点で介護と結びつくとは思ってもいませんでした。
介護との結びつきを初めて意識したのは、二度目に参加した2004年3月に田町で開かれた講習会でした。
二度目とは言いつつも、特に稽古をするわけでもなく、ただただ動きをもっと見たい、体感したいなという「お客さん」の一人にしか過ぎませんでした。
前回と同じように、最新の技の紹介や様々な質問に答える形で講習は進みました。そんな中、意外な技が紹介されました。
「理学療法士の研修会に行ったときに質問され、行ったものですが…」
質問とは、「ベッドや車いすからずり落ちてしまった方を、一人で立ち上がらせるためにはどうすればよいのか」というものでした。
はじめて武術に触れた日
甲野師範の動きをテレビで見て、筋力に頼らない「技」を体感したいと思い、さっそく都内で開かれる講習会に参加をしました。
体育館の武道場にはおよそ100名の参加者。柔道、空手、合気道、剣道など、道着を着ている武道関係者以外にも、師範が提案する武術的な身体運用に対する関心からスポーツ関係者も多く、オープンな雰囲気でした。
主催者から講習会の説明がありました。一般的な講習会と違い、師範の技を体験しながら説明を聞き、質疑応答をしていくスタイルとのことです。
やがて、甲野師範が登場。思ったより小柄で細身(170cm、62kg)。ただ歩く、座るなどの身のこなしが無駄なくきれいな人だなぁと見入ってしまいました。
はじめに礼をして、それ以降は特に決まった流れはなく、最近師範が取り組んでいる技の説明から始まりました。
夜勤明けの眠れぬ午後に
2000年のある日の午後。夜勤明けでしたが、疲れすぎてかえって眠れないので、テレビをぼんやりと眺めていました。
リモコンでチャンネルを変えていると、不思議な人物が目に飛び込んできました。
袴姿のその人物は正座のまま、まるでホバークラフトのように畳の上をくるくると自由自在に動き回っていました。その後、日本刀を抜く動きを見せるのですが、明らかに異質の動きなのです。まるで気配がなく、いつの間にか刀が抜かれている。動きも滑らかで流れるような美しさを感じさせる。
眠気は吹っ飛び、画面を食い入るように見つめていました。
どうやら、その人物は古武術を研究している武術家で、現在の筋力を中心とした動きとは違う動きを追求しているらしい。
介護も格闘技も最終的にはやはり筋力だよなぁ…と思っていた自分にとっては、テレビで見た武術家の動きは、たった数分間でしたがとても衝撃的でした。
しかし、その時は単純に「凄いなぁ」と思っただけでした。正直、自分とは遠い世界、達人だからできることだと思い、その武術家を調べるでもなく、いつの間にか忘れてしまいました。