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落合敏の「介護は楽しみながら」

母のシンガーミシン

 「シンガー」とは、アメリカの家庭用ミシンの大手メーカー。1800年代半ば、シンガー氏が世界で初めて実用ミシンの製作に成功し、20世紀の初頭には、日本におけるミシンのシェア90%を占めるなど、ミシン市場で圧倒的な地位を占めていた。

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 私の家にこのミシンがやってきたのは、第二次世界大戦中。終戦直前の私は、小学校の高学年であった。
 当時、教室や校庭の約半分は、本土を守る駐屯兵に占領されていた。この頃、ミシンは珍しく、仕立屋さん以外の一般家庭には普及していなかったため、毎日のように、ミシンの見学者が絶えなかった。
 そんななか、ある日、小学校に駐屯している兵士2名がわが家を訪れた。
 見たこともない、色鮮やかなグリーンの“ラシャ”の生地とミシン糸他を持っていた。
 母と2階のミシン室で、長い間話し合っていた兵士たちが帰ったあと、急いでミシン室に行ってみると、タテ十数センチ、ヨコ二十数センチの小旗が散乱していた。
 軍の依頼により、母は明日から、この小旗をつくることになったらしい。
 小旗は、軍の物資を輸送する時、トラックやジープの輸送車などに立てるとのこと。
 母のミシン技術はこの小旗作りから始まり、母のシンガーミシンは、戦中、軍のための小旗づくりで活躍し、戦後は私たち家族の衣服づくりに活躍した。

 はるかアメリカから渡来したシンガーミシン。戦後、技術革新の波で、いつしか姿を消した。
 母のシンガーミシンは、時代の変遷を彷彿とさせる。


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プロフィール
落合敏
(おちあい とし)
栄養学博士。千葉大学講師、茨城キリスト教大学教授などを経て、現在NHP OCHIAI Office代表。「おもいッきりテレビ」をはじめメディアに出演多数。2000年~2004年の4年間、実母を介護した経験をもとに、介護者の視点に立ったお年寄りの食事に関する書籍や介護日誌をまとめたものを上梓。
栄養学博士 落合敏の栄養学研究所 http://www.nhp-ochiai.jp/
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