杖をつく、つかない
杖は「ころばぬ先の杖」というカルタ言葉として子どもの頃からなれ親しんできた。また、登山が好きだった私には、歩行補助の用具として杖は、なくてはならない貴重なものであった。
ところが、わたしの母をはじめ、周囲の高齢者には杖の助けを拒否する人が多かった。
よく、友人からも「杖を利用するよう、あなたから説得して!」と頼まれることが多かった。
そんな頼まれごとの際は、こうお話ししてみる。
「杖は実用的な機能もあるけど、とくに高齢者のもつ杖は、社会的地位を示す役割も担っているの。
とくにヨーロッパでは、貴族や軍隊の指揮官が長短の杖を持っていることや、映画でも社会的地位の高い人などが杖を持っている光景が度々みられるわ。だから杖は、利用法しだいで、その人のファッションにもつながり、高齢者の威厳を示す大切なものなのよ!」
そして、「もっとファッション性の高い杖を、長さを調整してあげ、お誕生日にプレゼントすれば?」とご家族にはよく言ったものである。
その効果はてきめん!
なかには、折りたたみの杖を、長くしたり、短くしたりして、屋内・外で上手に利用するようになった方もいた。母の友人もその一人。わが家に来ると杖を上手に使って帽子かけに帽子や上着などを一人でかけ下ろしするようになった。
それが実にみごとで堂々としていた。
日本の温泉案内などによると、杖立温泉は、大分県境に近い筑後川上流の杖立川沿いにあり、入湯して病の治った人は、持っていた杖を立てて帰る習慣があるとのこと。
これは、弘法大師が立てた杖に芽が出たという伝説によるものといわれている。
泉質は食塩泉、泉温は80~100℃なので冷却して利用するとのこと。昔は長崎奉行の一行や多くの文人墨客も立ち寄ったともいわれている。
私も杖をもって一度は訪ねたい。温泉は、高齢者のみならず、多くの人の心身両面での癒しにもなる。
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