好きなものが食べられない気持ち
「食べることは人生の楽しみの一つ」と言われている。
嗜好には個人差があり、その人の食習慣・生活習慣などが影響する。ところが高齢になり、特に寝たきりになると、生命維持に必要な栄養確保も困難になることが多いばかりでなく、精神的・心理的な満足感も得られなくなる。
おいしく食べてもらうには、その人の味の好みを知ることが第一である。甘めの味つけが好きか、しょうゆ味か、香辛料をきかせた料理が好みかなど、日頃の食べっぷりや喜んで食べたときの食品や料理を把握しておきたいものである。
うちの母は羊羹が好きだった。いつも3時のおやつに羊羹を食べるのを楽しみにしていた。
ところが寝たきりになり、「かむ」「飲み込む」力が少しずつ衰えていき、好物の羊羹すら硬くて食べたくても食べられない状態になった。すると、おやつの楽しみがなくなり、言葉数も少なくなった。
しまいには、
「好きなものが食べられないくらいなら、死んだほうがいいわね」
と、つぶやくようになった。
いつも前向きに生きてきた母の言葉とも思えない。私は「たかが羊羹くらいで」と思っていたが、されど、羊羹。そのまま聞き捨てにはできなかった。
そこで、羊羹料理をいろいろ試した。なかでも、裏ごしした羊羹をラップで茶巾に絞り、ヨーグルトをソースのように添えたものをすすめてみた。
母は一口食べて、「これはオリジナルね。とても食べやすくておいしい。もっとないの?」とお代わりをした。
とたんに言葉数が大きくなり、もとの元気を取り戻した。
一般の人にとって、食事はいのちや健康を維持するのに欠かせないものであっても、それで生き方が変わるなんて大げさすぎると思うかもしれない。しかし、介護が必要になった高齢者にとって、食事が楽しく、おいしく食べられるかどうかは、生きる希望を持てるか失うかくらいに重要なことなのである。
食の大切さを実感した思い出である。
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