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詩人 藤川幸之助の まなざし介護

介護の中の距離感

「霊柩車」

二年ほど住んだ熊本の老人ホームから
母を私の住む街へ連れて来ることにした。

ストレッチャーに寝かせたまま車に乗せた。
母は大声をあげて行きたがらない。
その車は父を火葬場に運んだ細長い霊柩車と
全く同じ型の車だった。
大勢の人が涙を流し
母との別れを惜しんでいる。
これも父の葬儀の時と同じだ。
ただ父は棺桶の中で黙って寝ていたが
母はストレッチャーの上でわめいている。
そして横に座っている私がだいているのは
父の遺影ではなく母への花束。

運転手がクラクションを鳴らした。
父を火葬場へ送った時
この世から父を断ち切るため鳴らした音と
全く同じ響きの。

母が嫁ぎ
母が私を生み
母が笑い
母が涙をながし
母が入れ墨のように自分を刻みこみ
最後にはその名さえ
すっかり忘れ去ってしまった場所。
そこから母を断ち切って
息子の私の住む場所へ母を連れてきた。
別世界へ行く練習でもするかのように
霊柩車に似た車で。

『満月の夜、母を施設に置いて』中央法規
camera.JPG
                      イラスト=藤川幸之助

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 北海道の旭川に講演に呼んでくださったグループホームの施設長Oさんにこんな話を聞いた。「写真をあまり撮ったことなくても、いい介護士は入居されている方の表情豊かないい写真を撮るんですよ」と。自らも一眼レフのカメラをもって写真を撮るOさんに、北海道で私も何枚も写真を撮ってももらい、写真をいただいた。その写真を見ると、北海道の大地を踏みしめて私も今まで見たこともないような良い表情をして立っているではないか。「いいね。いいね。」と、Oさんはプロカメラマンさながら私を喜ばせながら私の写真を撮っていたが、その技術ではないのだ。私の良い表情の写真が撮れたのはOさんへの私の心理的距離感の近さだったと思う。
 Oさんとお会いするのは2度目だったが、最初にお会いしたときから、その話しぶりといいその視線といい、私はOさんから受け入れられて認められていると感じていた。その私のOさんへの心理的近さが、良い写真につながったんだろうと、Oさんからいただいた北海道の写真を見ながら思った。Oさんの言った「いい介護士」も入居者や高齢者の方との距離の取り方がうまいのだろうと思う。写真を撮る物理的距離感は、心理的な距離感と深く結びついているとOさんの写真を見て思った。その「いい介護士」と入居者の方との心理的結びつきが深いからこそ、いい写真が撮れることがあるのだろうと。入居者の方や高齢者の方は、この「いい介護士」に「受け入れられ、自分は認められているんだ」と、心理的近さを感じているに違いない。
 「パーソナルスペース」という社会心理学に出てくる言葉がある。人が他人との間に保とうとする空間のこと。電車で一つおきに座ったりするのも自分の居心地の良いパーソナルスペースを確保している例だ。その人の見えない空間に、他の人が入り込もうとすると、その人は警戒し反応する。パーソナルスペースの広さには個人差もあり、相手との関係や状況にもよる。Hallは、パーソナルスペースにおける対人距離を、密接距離(45cm以下で、恋人同士や親子間などの身体接触が可能な距離)、個体距離(45~120cmで、親しい友人同士や知人などの相手の表情を細かく見分けることができる距離)、社会距離(120~360cmで、仕事上の付き合い等で用いられる距離)、公衆距離(360cm以上で、講演会における講演者と聴衆との距離など)の4つに分類した*1。
 介護する側とされる側の対人距離は、上記の密接距離(45cm以下)にあたる。親子や夫婦間での距離だ。介護士として体位を変えたり、下の世話をしたり、お風呂に入れたりすることは、当たり前だが密接距離でないとできない仕事である。私が母の介護をする際は、親子であるので全く気にならない距離であるが、仕事として介護をするとなれば私にはできないかもしれないと思う。仕事自体はやっていれば慣れてくるのであろうが、そんな密接した距離においては自分のその人に対する心が見透かされているような気になって、仕事としての介護は私には続きそうもない。密接距離は、つまり身体接触が可能な距離であり、非言語的コミュニケーションが重要となる距離だからだ*1。
 ある介護士の方が、母の介護に関する私の講演を聞いてこう言っていた。「自分の親なら藤川さんのようにできないと思う。仕事だからできているんです」と。そう言いながらも、その介護士の方がお年寄りと一緒にお風呂に入っている写真を見たことがあった。親子間などの身体接触が可能な距離である密接距離を繰り返し体験することで、親子間に近い感情がわいてくるのかもしれない。私の講演を聞いて、「自分の親が小さい頃から嫌いで、自分の親だから介護したくないんです」と悩みを打ち明けてこられた家庭介護者の方もいた。お年寄りと一緒にお風呂に入っていた介護士の方は、そのお年寄りの方とは仕事として出会っているので親子のように過去の軋轢はないに違いない。過去の軋轢のないまっさらな関係から、そのお年寄りと密接距離を繰り返し体験しながら、新しく親密な関係を日々作っているのだろうと思う。親の介護しかしたことのない私には、想像もつかない深い世界だ。いい写真を撮れる「いい介護士」と、簡単に「いい」と書いたが、その「いい」の中には相手との関係を培い、大切に育んできた大切な一日一日があり、深い人間関係があるのだと思う。今日の詩は、母を熊本の施設から出し長崎に連れてくるときのことを書いたものだ。母と施設の方一人一人とが別れるときに手をつなぎながら流す涙を見て、その心の通った、言葉を超えた深い関係を私はうらやましく思ったのを憶えている。

参考論文
*1文京学院大学研究紀要Vol.7, No.1, pp.263~273, 2005「Psychological and physiological responses to an intrusion on personal space」より

◆nobimamaさん、コメントありがとうございます。私も、若い人たちに、命によりそう介護という職業の素晴らしさを常日頃伝えたいと思う一人です。このような形で、高校生に私の書いたものを紹介していただけるのはとても嬉しいです。ありがとうございます。「介護職の大変さは覚悟しています。頑張りたい」という、現実をしっかりと受け止めそれに挑んでいこうとする生徒さんの言葉が心に沁みます。「希望を持って社会に巣立っていく若者が挫折せず仕事をし続けられるような環境が整備されることを願うとともに責任も感じました。」と、nobimamaさん。こんな話も、沖縄の方から聞きました。「介護施設で一生懸命に働いているけれども、一生働いて自分が介護される側に回ったとき、この給料では自分の今働いている介護施設には入れない。何かこの施設をよくしようと頑張っても、やりがいがない。」と。nobimamaさんのおっしゃるように、介護の職場が、若者だけでなく全ての人が希望を持って働ける仕事環境になることを、私も願っていますし、それは利用者の方への手厚い介護につながっていくと思うのです。


コメント


 こんにちわ。はじめまして。
 私は高齢者福祉課に勤務しています。こんど、小学生を対象に「認知症サポーター講座」の講師をすることになりました。
 小5・6年生が対象で、将来の高齢者福祉を支える方々に何か心に残る話をしたいなあと思うのですが経験が浅く思いつきません。
 そこで今回藤川さんの「大好きだよ、きよちゃん」の読み聞かせを最後に入れることにさせていただきました。
 小学生にどこまで私の話が届くかわかりませんが、「大好きだよ、きよちゃん」は私が読んで、ぐっと心に来てしまったので感性豊かな年頃の子どもたちにどんな風に感じてもらえるのか楽しみです。
 終わりましたらまた報告します。


投稿者: みのこん | 2009年11月24日 12:51

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。なお頂いたコメントは、書籍発行の際に掲載させていただく場合があります。

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プロフィール
藤川幸之助

(ふじかわ こうのすけ)
詩人・児童文学作家。1962年、熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。2000年に、認知症の母について綴った詩集『マザー』(ポプラ社、2008年改題『手をつないで見上げた空は』)を出版。現在、認知症の啓発などのため、全国各地で講演活動を行っている。著書に、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)、『ライスカレーと母と海』『君を失って、言葉が生まれた』(以上、ポプラ社)、『大好きだよ キヨちゃん』(クリエイツかもがわ)などがある。長崎市在住。
http://homepage2.nifty.com/
kokoro-index/


『満月の夜、母を施設に置いて』
著者:藤川幸之助
定価:¥1,575(税込)
発行:中央法規
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