受け入れられる喜び
「カステラ」
包丁が容易に入り込めない
やわらかさ
切ろうとすると
切ろうとする力の分だけ
カステラはひっこんでしまう
母の柔らかさを左手で確かめながら
母から手渡されたカステラを
右手で握って食べた
母に向けて笑っても
母を嫌っても
母に怒鳴っても
母に泣きついても
私の心の力の分だけ
ただ母は柔らかくひっこんで
そばにいてくれた
包丁をふきんでぬらして切ると
よく切れるのにと
みんなは教えてくれるけど
私は切れにくいままカステラを切る
『満月の夜、母を施設に置いて』中央法規出版
写真=藤川幸之助
旭川に講演に行った。主催者のOさんに会った。せっかく遠く北海道まで来たのだからと、美瑛に連れて行ってくださった。「美瑛の景色が美しい」と私が言うと、「そうかい。そうかい。」と嬉しそうな顔をされた。みそラーメンを食べて「美味しいですね」と言うと、「そうかい。そうかい。」ととても嬉しそうな顔をしながらOさんもラーメンを啜(すす)られた。
私が喜ぶのを喜んでくれる人がいる幸せ。私をまるごと受け入れてくれる人のいる幸せ。「そうかい。そうかい。」という優しい口調。久しぶりに父や母の愛に包まれた感じがした。初めての土地、緊張していた私の心もとても落ち着いた。健康で家族や友人もたくさんいる私でも、受け入れてもらえることの幸せをこんな風に感じるのだ。独りぼっちで施設で暮らす認知症の高齢者の方などなおさらのこと。
詩でも書いたが、私の講演中に、私を見つめ、「こっちに来い」と手招きするおばあちゃんがいた。講演を中断して隣にすわると「大変やったなあ。大変やったなあ。」と、おばあちゃんは優しく私の背中を何度もさすってくれた。私はさすられながら、何度もおばあちゃんに「ありがとう」と言った。それから、おばあちゃんは講演が終わるまで私の話を笑顔で聞いていた。自分のことが分かってもらえた喜び。つまり、自分が受け入れられたことに、このおばあちゃんは安心したのだと思う。そして、その笑顔を見て私もとても嬉しかったのを憶えている。
理屈や正しさで、人を説得し、納得させることではない。無条件に受け入れてやること。まるごと受け入れて、その人を喜ばせ、その喜びを自分のこととして感じることができること。このことが、介護や教育という「命によりそうこと」の根底にあるものではなかろうかと思うのだ。
それは、まさに母親。母性。この世の全ての人は、母親から生まれ、母親のお腹の中で母とひとつながりであった。その感覚を頭のどこかに記憶しているに違いない。それゆえ、いくつになっても、それが女であろうと男であろうと、認知症の人であろうと健康な人であろうと、若かろうと老いていようと、その記憶をたどり、「まるごと受け入れられ」、「ひとつながりであること」を求め続けるのだと思う。誤解がないように書き足しておくが、私はマザコンでもないし、主催者のOさんは男の方である。
◆ぽんぽこぽんさん、コメントありがとうございます。「感情の揺れは、お母様に真剣に向き合い、介護に真摯に取り組んでいるゆえの葛藤なのだと思います。」と、ぽんぽこぽんさん。私は、ぽんぽこぽんさんにそう言われるまで、私の感情の揺れは、自分の性格によるものなのだとばかり思っていました。真剣に向かい合い、失敗しながらもまたそれを乗り越えようと自らを振り返ることで、その揺れは起こっているのだと、私の人生もそう悪くないぞと思えてきました。ぽんぽこぽんさんのおかげです。ありがとうございました。
◆SAKさん、コメントありがとうございます。「揺れとは不安なのかもしれないと、今回感じました。未知の領域に自分の心が持って行かれる時の不安。」と、SAKさん。SAKさんのコメントを読みながら、「揺れ」も良いもんだなあと思いました。私の場合、未知の領域に入る時の不安は、心地よいものだからです。なぜ、不安が心地よいのか。未知への不安は、可能性という輝きをもっているからです。そう考えると、私の母への心の揺れは自分の心の未知の部分へ踏み込む扉であり、不安は新しい自分に気づく鍵なのだと、SAKさんのコメントを読んで気がつきました。ありがとうございます。
コメント
藤川様。こんにんちは。先日、講演会に参加させていただきました。
私は、スタッフとして参加しておりましたので、打ち合わせからお話させていただきましたが、普段から、人のよさがにじみ出ている人柄で、こちらもリラックスしてお話が出来ました。
講演会では、包み隠すことのない、お母さんへの率直な思いを聞かせて頂き、日頃仕事に追われ、忘れかけていた思いを
もう一度思い起こさせていただきました。特に、突然の歌声に、意外!?な美声に、僕も会場の皆様も驚きました。
今後も、ブログを楽しみにさせていただき、また、機会があれば講演に参加したいと思います。
ありがとうございました。
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