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詩人 藤川幸之助の まなざし介護

笑顔が伝えるもの

「笑う」

あなたは笑っていた
本当は可笑しくも何ともなかったのに
まわりが笑うと
あなたもいっしょに笑っていた
本当は面白くも何ともなかったのに
話の内容なんて
全く分からなかったのに

あなたは笑っていた
本当は泣きたかったのに
初めて紙おむつをはめた日
あなたは声を出して笑っていた
本当は恥ずかしくてしょうがなかったのに
紙おむつをはめている
自分が情けなくてしょうがなかったのに

あなたは笑われていた
「あの馬鹿が歩きよる」
と通りすがりの人に指さされて
あなたは意味も分からず大声で笑っていた
「馬鹿から生まれたんだもの 
 おれは小馬鹿だな」
馬鹿と小馬鹿で大声を出して笑った

あなたは笑っている
写真の中で父に肩を抱かれて
とても幸せそうに
あなたは父といっしょに笑っている
愛してくれる人が私にはいるんですよ
認知症もいいものですよと
父の隣で父を見上げながら笑っている


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写真=藤川幸之助

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 名前も何も憶えていないのに、笑顔だけはしっかりと私の心に残っている人がいる。その頃は、超多忙なときで心に余裕がなかったのもあって、その人の笑顔は冬枯れの中に咲いた一輪の花だった。私は、その人の笑顔に安堵感を感じていた。殺伐とした人間関係の中で、その笑顔にあたたかみを感じ、受け入れられているような気がしていた。
 人は笑顔で何を伝えているのだろう? 講演活動をする中で気がついたことがある。どんなに面白い話でも、苦虫を噛みつぶしたような顔をして話したら誰も笑わないのだ。ところが、どんなに面白くない話でも、私が笑顔で話をすると、だれかれなしに笑顔になり、笑い声さえ聞こえてくるのだ。笑顔の元を心の中にたどれば、それは喜びであり、楽しみであり、幸せであると思う。講演で私が笑顔を送った際に、話を聞いている人たちは話の内容ではなく、私の笑顔が伝える喜びや幸せを受け取って、その楽しさを私と共有しているのではないかと思うようになった。それから人と出会うときも、笑顔を意識するようになった。
 アクビがうつるのは、アクビに内在している情緒であるくつろぎ、退屈、ねむ気、くたびれを、アクビを見ている人の視覚に訴えて誘起させているのだそうだ*1。つまり笑顔も同じことになる。笑顔を作ることによって「喜び」「楽しみ」「幸せ」などの情動が誘起されることがあるということだ。父はいつも母に温かい「まなざし」を送っていた。満面の笑顔でいつも母を見つめていた。どんなにつらいときも、どんなに悲しいときも、父は母に接するときは笑顔を絶やさなかった。そして、訳のわかない母の話にもただただうなずいていた。その笑顔を見て、母はいつもにこやかだった。
 大井玄さんの著書に、「痴呆状態にある人と「心を通わす」とは、記憶、見当識などの認知能力の低下によって彼らに生ずる「不安を中核とした情動」を推察し、それをなだめ、心おだやかな、できれば楽しい気分を共有することです。」と書いている*1。認知症が進む中、母にも不安は沢山あっただろう。しかし、それらを父の笑顔が溶かし、一つ一つ喜びに置き換えていったのだろうと思う。言葉で理解し合う二人ではなく、言葉や意味を超えた「喜び」や「楽しみ」という情動を父と母は共有していたのだ。父と一緒にいる写真の中の母はいつも笑っている。
 父の跡をついで母の世話をするようになった頃は、意味の分からない母の話にいつも苛ついた。私の話すことを理解できない母を情けなく思った。そして、いつも「おれの母さんだろう!しっかりしろ」と言った。何度も何度も言った。母は悲しい顔をしていた。母が幼い私の手をとり、片言で話すこんがらがった私の話を、一つ一つ大切に聞いてくれたことを思い出した。理解したり、理解させることではない、そのままの母を受け入れることだと思った。母が、幼い私を優しく受け入れてくれたように、私もまた老いた母を無条件に受け入れようと思った。父の笑顔のまなざしで母を見つめ続けようと思った。
 名も忘れた「笑顔の人」。私はあなたの口元でその笑顔を憶えている。「口」+「笑」で、「咲」という漢字ができあがっているのだそうだ。花が咲くことを、「花が笑う」というのもうなずける。あなたは私に人と人とは喜びでつながっていることを教えてくれた。あなたの花は、今でも私の心に咲いている。その花を母にも分けてあげたいと思う。

参考文献 
*1『「痴呆老人」は何を見ているか』大井玄 新潮新書2008年


◆N子さん、コメントありがとうございます。「台湾へ旅行する事に…台湾のラーメン?を堪能してきます」とN子さん。私は幼いときに、台湾チマキというものを食べたことがあります。とても美味しいです。台湾には、富士山より高い玉(ユイ)山<3997m>があるんですよ。台湾ミニミニ情報でした。
◆松楠甲斐さん、コメントありがとうございます。「受け手が作品から共通の感覚を感じ取れる作品、しかも根源的なものを感じられる作品」と松楠甲斐さん。これから詩や散文を書くのに、とても参考になります。しかし、この頃、イラストや写真をほめられることが多いので、イラストレーターか写真家に転身しようかなと思ったりもします。そうしたら、反対に詩や文がほめられるかもしれないからです。
◆たっちゃんさん、コメントありがとうございます。「カレーはご馳走、そんな時代でしたね。」とたっちゃんさん。私は、カレーにはノスタルジアを感じます。他には、コンバータ付きテレビ。駄菓子屋のくじ引き。縁側で食べたスイカ。赤いウインナーソーセージ。俵型のおにぎり。かまぼこ板。父の背中。母の手のひら。思い出していくと、それらは全て父と母との愛に見つめられていた日々の一コマ。たっちゃんさんと同じく、私も自分の文を「何度も何度も読み返」します。私の場合、「家族愛を感じたくて」ではなく、この頃特に誤字脱字と文のねじれが多いからです。
◆Happyさん、コメントありがとうございます。講演を聞きに来てくださって、ありがとうございます。「帰る間際に,廊下ですれ違ったので、話しかけようかと思ったのですが,お忙しそうだったので…」とHappyさん。忙しかったんではなく、講演中に水を飲みすぎてオシッコがしたかったんだろうと思います(ちなみに今回の佐世保での講演では500を3本飲みました)。今度私を見かけたときには、遠慮なく声をかけてください。


コメント


梅雨が明けました。今回の梅雨は思いもよらぬ災害という置き土産をしてくれました。水の怖さ、そして水の大切さを改めて感じさせてくれました。

「口」+「笑」で、「咲」

 母が生きていたころは、庭先には花が咲いていました。亡くなって三年、花の苗を購入し植えました。周りから「お母さんは花が好きだったよね」と言われたから…
 空から「やっと植える気になったかしら」と母に言われている気がします。
 次は何を植えようかなぁ…


投稿者: ぷー | 2009年08月07日 14:01

2週間ぶりのブログ、心待ちにしていました。花が笑う…とても素敵なお話でした。確かに講演会の時の藤川さんは、軽快な話しのテンポと共に笑顔でお話をされていました。その笑顔に会場中が引き込まれていくのを感じてました。でも涙を必死に堪える場面も、すごく心の優しい藤川さんの人柄が滲み出ていて、その瞬間から大好きになりました。笑顔は「作り笑顔」も出来ます。けど中々人前では泣けません。感動を誘う涙は、そう簡単には流せません。もらい泣きをした後の爽快感も、藤川さんの講演会で貰えた素敵なプレゼントです。毎回、感動を与えて頂きありがとうございます。いつも、また逢いたいな~と想っています。


投稿者: たっちゃん | 2009年08月09日 08:32

笑顔は何者にも変えがたい心の拠り所と思います。その笑顔が我が家から消えそうに成る時が有ります。老夫婦のいがみあう言葉です。ついこちらまで大声出したりして、反省のしきりですが、藤川さんの詩から、安心と同感を頂きます。つい先日東京から帰省していた息子が、帰りがけ車中で「じいちゃん一人ボッチでかわいそうかね!」一瞬ドキッとしました。久しぶりに帰ってみれば認知症で今言ったことも忘れてしまう舅に姑が怒ってしまったり、二言目には、姑をなじる舅でお互いに思いやることが失せてしまっているのを見て思ったのでしょう。若い頃からの長い生活も加味しているのでしょうが、笑い合っているのを見たことがありません。私がクッションに成れればいいのですが…理屈では解っていても優しくなれない自分にジレンマを感じたり、しかし最近は失禁が無くなっただけでも良しとしようかとも、思っています。


投稿者: 還暦姉ちゃん | 2009年08月10日 15:53

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。なお頂いたコメントは、書籍発行の際に掲載させていただく場合があります。

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プロフィール
藤川幸之助

(ふじかわ こうのすけ)
詩人・児童文学作家。1962年、熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。2000年に、認知症の母について綴った詩集『マザー』(ポプラ社、2008年改題『手をつないで見上げた空は』)を出版。現在、認知症の啓発などのため、全国各地で講演活動を行っている。著書に、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)、『ライスカレーと母と海』『君を失って、言葉が生まれた』(以上、ポプラ社)、『大好きだよ キヨちゃん』(クリエイツかもがわ)などがある。長崎市在住。
http://homepage2.nifty.com/
kokoro-index/


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著者:藤川幸之助
定価:¥1,575(税込)
発行:中央法規
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