高齢者にとっての食育
最近テレビや新聞などで「食育」と言う言葉を見聞きする機会が多いようです。この「食育」って何でしょう。
平成17年6月に成立した「食育基本法」の前文には、以下のように記されています。
・「食育」とは生きるための基本であって知育、徳育および体育の基本となるべきもの。
・さまざまな経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること。
わかったような、わからないような。
「人としてはすでに育った」と思われる高齢者の方は、「関係ない。きっと子どもや若い人の問題だ」と片付けてしまいそうです。
でも、考えてみてください。食べることは、人が生まれ死ぬまで生きている限りはかかわらなければならないことです。できるかぎり健康で生きたい、また病気があっても病気とうまくつきあいながら生きていきたい。そのためには、「食」に関する知識や「食」を選択する力をつけるということは、どの世代にも欠かせない必要なことです。
いまや食材は、世界各地から輸入され、店頭にあふれています。加工品もたくさん出回り簡単に安く食べることもできます。
いつでも好きなだけ好きなものを食べられる現代。体にとって大切な食べ物を選ぶ能力を身につけないまま大人になってしまった結果、「生活習慣病」などというかたちで、そのつけが現れてきました。
たとえば病院で「高血圧」とか「糖尿病」と診断され、「食事に気をつけてください」といわれた時、その食事はどうすればよいのか。すでにわかっていると思われがちな「基本の食」はどうあればいいのかなどを正しく知ること。
それらが高齢者にとっての「食育」の一つひとつなのです。
現在では、科学の発展により新しい知識が次々と生まれ、「どういう食べ方をすれば健全か」などさまざまな情報があります。
つい「私には関係ない」と、せっかくの大切な情報を見逃していませんか。
「食育」。これからこの言葉が出てきたら、自分にも関係ある情報ではないかなと、目に心に留めてみてください。
これからのあなたの生活の質の向上に役立つものとおすすめします。
コメント
食育、なんていう言葉無かったですものね。パソコンで普通に打っても出てきませんでしたよ。私が子供3人を育てている頃のこと、食の安全を強調して生活クラブ生協がマンションごと加入を勧めて来たことがあります。皆で相談した時に長老格のオバ様が「私は今更だもの、毒で死んだっていいわぁ~!」と発言して一同大笑いしたことがありました。老い先短い身で、安全とか安心よりも、美味しいと思うものや好きなものを一回でも多く食べたい。戦中戦後の食糧難を経験している人達には、そういう考え方もありましたね。衣食足りて、今ダイエットやメタボという言葉が氾濫しています。食育(なんだかお役所っぽい言葉で、他にいい呼び方ありそうなのに)を念頭におきながら毎食美味しく…あらら、あのオバ様みたい?!
鎌倉市が行っている最初のころの食育講義に参加したときのことです。心に残った食育の例として
提起議題は「子供の健康ずくりについて」
1-留守する子供二人に母が作り置いた「のり巻きのおにぎり」を食べながら妹へ兄は「一番美味しいところはのりの無い白いごはんのところで、ここを食べるとお母さんの手の味がするんだ」といったそうです。
2-独りで下宿し、なんでも自分で作ってたべている息子から母へのメールで「今度送ってくれる宅急便にお母さんの魚の照焼きを入れてね!」とお袋の味を懐かしむ一言。(参加した若いお母さんのお子さんをあやしている方の中に桑田さんが・・・)
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