利用者さんの家で
「ひとりだとコーヒーも飲まないのよ。いっしょに飲んで」と言われ、いただく。
お砂糖を入れてかき回す。ちょっと変だなぁと思いつつ、結果的にはうわずみをいただく。うーん、たしかにコーヒーなのだが…。
こんなことで驚いちゃいけない。せっけんが冷蔵庫に入ってるのは朝めし前。食べてはいない。OKだ。
便器に巨大にふくれあがった紙おむつがたっぽり詰まっていても「あちゃー!」と小さく叫び、始末する。
急須がガスの火にかかっていても「オー、危機一髪」と息をのみ、始末する。
おもしろい?おかしい?ことだらけ。まぁこのくらいにしておこう。
それでもヘルパーは行く。走る。
ある日、テーブルに見かけない実が数個。
「これなんだと思う? 棗(なつめ)よ。ドライフルーツ。いただいたの。そういえば、『庭にひともとなつめの木』という歌があったわ。あなた知ってる?」
「知らないです」(この利用者さん、抜群に記憶力が良い。歴代天皇の名をスラスラ…)
「♪乃木大将の…♪」
ところどころ思い出しながら歌ってくださる(日本史にも滅法強い)。
「うーん、思い出せないわ。たしか日露戦争。乃木大将は知ってる?」
「歴史で一応習いました。明治天皇に殉死したんですよね」(私の知識はここどまり)
「ロシアの将軍と乃木さんが会うのよ」
「へえ~」(私は目が点)
「その時の歌よ」
私は自宅に戻るなり、さっそく『日本の詩歌』(中央公論新社)で調べる。
あった。あった。
「水師営の会見」という題。なんと作詞は佐々木信綱だ。将軍同士が会う。そしてその歌がある!
ワー、すごいね。戦後生まれの私の教科書には載ってなかったと思う。多分。
てんで歴史にも弱い私である。
後日、ベルの会理事の高貴高齢者の方にその話をすると、
「えーと、えーと、その将軍の名前はステッセルよ。お手玉して遊んだわ」
「ギョーッ」
すばらしいですね、みなさん。スラスラ歌える方もいて、存在感たっぷり。
いろんな人がいておもしろい。
みなさん、堂々と生きていってください。
さきほどの利用者さんとは年齢差30。共通して知っている歌も話題も多い。だけどここまでさかのぼるとお手上げ。つらつら思えば、私の30歳下の人と共通する歌があるんだろうか?
それよりこんな意味深い歌を、今、私は知っているのか?
私はどんな利用者になるんだろう?
どんなおばあさんになるんだろう?
コメント
水師営の会見・・・日露戦争の? 乃木大将はさすがに知っていたけれど、ステッセル?!昔ラジオの講談で聴いたような気が・・・。お手玉の時そんな歌を歌っていた?!軍国日本の子供たちだったのですね。 懐かしい歌とヘルパーを挟んで、利用者と、そしてベルの会理事の高貴高齢者が・・・まさにこれが水師営の会見だったりして! 「♪鉄腕アトームー♪」なんて歌うのかしら、私達・・・?
高齢になり身の回りのことが少し怪しくなってきても若いときに身につけたことはしっかり覚えているもの。この教養深き利用者さんも本当にすばらしい記憶力ですね。昔の子供たちは歌や遊びを通して歴史や古事を学んだのですね。それにしても懐かしかった!今、存命だったら99歳の母、確かにお手玉をしながら「敵の将軍ステッセル、乃木大将の・・」と歌っていました。もっとまじめに聞いて覚えておけば良かった。棗も母にとっては懐かしいものでした。北京で生まれ育った母は亡くなるまで、庭の棗の木に掛けられたハンモックで遊んだ思い出を語っていました。今、オリンピックに沸き立つ北京を母はどう思うでしょう。そして私がもっともっと年をとったとき何が記憶として残るでしょう。高齢者と接するヘルパーさん、本当に大変なことと思いますが思いがけない知識を得ることもあるのですね。頑張って!
※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。