虐待が疑われる家族 ― ケアマネジャーのかかわり方
【Q】
Sさんは80歳になる女性で5年前よりアルツハイマー型認知症がみられ、要介護1の認定を受けています。ご主人はすでに亡くなり、介護している長男と2人暮らしです。長男は仕事が忙しく、介護に際してイライラすることが多くて母親の認知症にいらだって手をあげてしまうこともある様子です。ケアマネジャーとしてどのように関わったらよいか悩んでいます。
【A】
■ケアマネジャーの迷い
ケアマネジャーは長男との関わりに、やや苦手意識をもっていたことから、当初はサービス提供スタッフの情報として利用者を虐待から守らなければいけないと思っていました。ところが、長男の話の内容からは親子げんかのようにも感じられ、虐待として取り上げるべきか判断に迷っていました。長男の話と表情から、今の長男のことが心配になりました。このままだと精神的にも疲れのみえる長男を追い詰めるようになってしまうのではないかと危惧を抱きました。
■ケアマネジャーへのスーパービジョンの展開
・第1段階
上司であるスーパーバイザーは、次の3点についてスーパーバイズしました。
(1) 今までの情報から事実を整理していくこと
(2) 情報から客観的に判断できることを明確化すること
(3) 緊急的な対応が必要かどうか
ケアマネジャーはスーパーバイズに基づいて、虐待に焦点をあてて情報を整理しました。
1年前に長男の仕事が忙しくなったときに、Sさんの腕や肩に内出血のあとがみられ、虐待の可能性が疑われたが、長く続かなかったこと、今回の右肘のアザは、長男が不安定な心身状態の中で起こった出来事で、長男は状況を素直に認めていること、さらには、長男としてSさんとの関わり方を変えてみようと考えていることがわかりました。
これらの情報から判断できることを次のように明らかにしました。
Sさんの認知症状に対して、長男が十分に認識して対応している状況ではないこと、長男自身が食生活の不安定さと精神的な不安定も加わって、母親の疾病状況を受けとめる余裕がないこと、そこで親子間の感情的な問題が起こったこと、しかし、長男はそのことを良しとは考えておらず、何とかしたいと考えている、といったことが明らかになりました。
以上のことから、深刻な虐待ケースではなく緊急的な危機状況はあまり考えられないと判断しました。
ここでケアマネジャーは、長男の言動に対するSさん自身の思い、考えを聞いていないことに気づき、どのように思っているのか本人に聞くことにしました。
スーパーバイザーは、ケアマネジャーによる情報の整理と明確化された判断は、適切であることを評価するとともに、Sさんに対する気づきも大変よい評価であることをケアマネジャーに伝えました。同時に、長男が語ってくれたことについて、ケアマネジャーとしてどのように感じたかを問いました。
ケアマネジャーは、長男が素直に自分の気持ちを語ってくれたことで安心し、嬉しい気持ちになったと応えました。
スーパーバイザーは、長男のプラスの変化をポジティブにとらえていくことの大切さを指摘しました。
・第2段階
ケアマネジャーは通所介護サービス利用時に本人を訪問し、長男に対する思いを聞きました。Sさんは、散らかっていることを言うと長男がすぐ怒鳴るし、叩くので怖いとやや萎縮している様子がみられました。しかし、「叩いてくるのは怒れるけれど、食べ物を買ってきてくれたり、夏の暑い日には朝出かけるときにクーラーを入れておいてくれるのでとても助かっているし、本当は優しい子なんだけどね」と嬉しそうにゆっくりと時間をかけて答えてくれました。
ケアマネジャーは、以上の内容をスーパーバイザーに報告しました。スーパーバイザーは、自宅訪問時の長男とSさんの語りの内容から考えられることは何か、ケアマネジャーに問いました。
ケアマネジャーは、親子間の感情的な口論は日常的にみられるが、Sさんは長男を否定していないこと、認知症からくるわからないことなどの不安を長男にぶつけていること、長男は母親との関係性を何とかしなければと考えていることなど親子間の相互作用が円滑にいっていないことから生じている問題であるし、長男のストレングスが表れていることに気づきました(ケアマネジャーは問題解決の促進因子に焦点をあてることを考えました)。
そこで、長男の環境改善を働きかけることについてスーパーバイザーに申し出ました。具体的には、長男が専門の精神科に受診し、継続的なカウンセリングを受けることをとおして、精神的な安定と自立を図っていくこと、そのうえで、長期的には関係機関や関係者と連携・協働し、就労への動機づけ、社会的な自立生活の実現を図っていくことを援助計画としました。
・第3段階
スーパーバイザーは、援助計画の内容を支持的に評価しました。さらに次のことをつけ加えました。
これらを実現するポイントは次のとおりです。
長男に対して、ケアマネジャーに素直な気持ちを話してくれて安心したことや、嬉しかったというようなことを伝えていくことが大切です。また、Sさんが話してくれたことで、長男がやっていること、取り組んでいることを評価して長男に伝えることも大切です。そのことは、長男とのポジティブなコミュニケーションを生み出すことになります。相手の語りに対する支援者の共感的姿勢を伝えていくことは安心・信頼できるコミュニケーション関係を構築することになります。
あわせて、「虐待」と思われる、あるいは関係者がそう判断している場合
には、一機関で抱え込むことがないように、行政や地域包括支援センター、関係機関との連携・協働したネットワーク、緊急時の対応と確認・マニュアル作成等も必要です。また、行政機関や地域包括支援センターとの責任体制を明確にしておくことです。そのために関係機関とのケア会議を重ねて情報を共有化していくこと、関係者・関係機関で見守っていくことを必ず確認していくことが大切です。
特に、長男の社会的自立を支援していくことは、精神科等の専門機関・専門職を中心としたネットワークの支援につなげていくことが成功のポイントにつながると思われます。こうした生活全体を総合的に支援していくケアマネジメントが課題です。
ケアマネジャーは、以上のようなスーパーバイズを受けて、当初の迷いが吹っ切れ、ケアマネジメントの展開に取り組んでいきました。スーパービジョンの過程で、ケアマネジャーの能力の向上が図られ、利用者とその家族の生活を支援する質の高いケアマネジメントの展開が実現しました。
ケアマネジャーは、スーパービジョンの第1段階では収集した情報から客観化したアセスメントが実現できました。第2段階では支援につながる問題解決の促進因子となるストレングスを発見し、そこに焦点をあてて援助計画を修正していくことができました。第3段階では支持的スーパーバイズを受けて、関係機関・関係者との連携・協働を図りながら長男への支援をスタートさせ、利用者の安定を図っていく支援に取り組んでいきました。
出典:医療福祉相談研究会=編集 『<加除式>医療福祉相談ガイド』 中央法規出版、1988年