仕事に積極的でない部下への対応
【Q】
祖母の介護を経験したのを機に、天職と感じてこの世界に飛び込んだE子さん。4年目に入った今年は、後輩5人をまとめるグループのリーダーです。
ところがこれが、予想外の負担になりました。グループのF美さんは、2人の小学生を育てる母親です。子どもの事情が最優先で、急な欠勤や早退などが多くなってしまいます。やはり子どもをもつE子さんにとって、理解できないことではありません。しかしE子さんが気になるのは、利用者が話しかけても、定時に帰りたいためなのか、必要最小限のことしか答えなかったり、会話を拒否するかのような態度をすることです。その口癖から、利用者がF美さんにつけたあだ名が「あとでね」。
そうしたF美さんを見るに見かねて、ある日、E子さんから声をかけました。
――利用者さんはあなたと話したいんじゃないかしら?
F美 私は話したくないんです。
―― ……
F美 施設長やリーダーから「やれ」と言われたことはやっているから、問題ないでしょ。私はあなたほど理想に燃えて仕事してないから。
――理想がなくて務まる仕事だと思っているの?
F美 ほっといてよ。
思わず熱くなって声を荒げてしまったE子さんは、このあと大いに落ち込んでしまいました。
【A】
この事例は、職員間に生じるストレスに悩んだケースです。職員同士の関係に気疲れしてストレスをためる人はたくさんいます。E子さんはまさにその一人です。
価値観の異なるF美さんに対して、E子さんは専門職としての使命感から忠告しようとしました。どちらが正義かと問われれば、多くはE子さんに軍配を上げることでしょう。しかしF美さんの立場からすれば、「使命」も「正義」も余計なお世話です。価値観同士の衝突は、終わりなき戦いを続け、かえってストレスを増幅します。
私たちは日常の生活の中で、楽しさや嬉しさなど「快い感情」を言葉にすることはスムーズにできています。難しいのは、不満や苦しさ、時には怒りなど、不快感を覚えたときの表現です。介護現場ではなおさら抵抗感があります。利用者や家族の機嫌を損ねてはいけないという罪悪感から、不快感を押し殺すことも多くありませんか。
自分が我慢すれば済むという考えは、一過性の出来事なら通用するでしょう。飲食店や小売店で働いた経験のある人は、一見の客のクレームがいかに理不尽であっても、「申し訳ありません」とひたすら謝罪を繰り返すようにと指導されたことがあるかもしれません。
ところが介護職場は、利用者と介護職の関係がその場限りで途絶えることは少なく、長いお付き合いになることが普通です。職場の同僚となればなおのこと。理不尽に耐え続けるうちに、我慢が限界に至る可能性があります。上手な対処法を覚えておかないと、不満が怒りと化して利用者や同僚に向いて爆発したり、燃え尽きて職場に出られなくことも考えられるのです。
この場合の対処法は、コミュニケーション・スキルを活用します。介護職が人間関係のストレスをためないために有効と思われる方法を1つ挙げます。
――利用者さんはあなたと話したいんじゃないかしら?
F美 私は話したくないんです。
――話したくないのはどうして?
F美 だって、話し始めると同じ話を繰り返したりして長くなるし……。
――そうね。それを聞き続けていると、どんな気分になるの?
F美 イライラしちゃって。そんな自分がとてもイヤだし……。だから必要なことだけきちんとやればいいと思うようになってしまったんです。
F美さんが自分のことを語り始めたのは、E子さんの聞き方の工夫です。
「どうして(=Why)?」「どんな(=How)?」と聞かれると、YesかNoでは答えにくくなります。自ずと自分のこころの中に答えを探しにいかざるを得ません。相手との対立点を探して感情的な言葉を発することとは正反対の思考や行動をしています。質問に答えることが、自分のこころを開いて見せることになります。こうした質問を「オープン・クエスチョン」と呼びます。
質問する側も、詰問するような態度では効果が得られません。E子さんは、自分とは異なるF美さんの価値観の謎を解くつもりで、純粋に関心を持って尋ねるとよいでしょう。例のように、家庭の都合だけを優先するかに思えたF美さんが、意外にも自己嫌悪や葛藤を抱えていたことなども判明します。
対立を恐れてマイナスの感情を抱え込むのではなく、違いを明らかにしておくのです。それだけで冷静になり、ストレス度が下がります。徹底的に論破することのエネルギーの無駄にも気づくでしょう。
出典:『こころもからだもスッキリ! 一人でできる介護のストレス解消法』中央法規出版、2008年