相手によって態度を変える利用者への接し方
【Q】
C子さんは、自分が担当する利用者のDさんが苦手です。着替えをするよう勧めても、「一日ここにおるだけなんだから、汚れとらん」。軽い片麻痺が残っているから面倒なのだろうと思い、「お手伝いしますから」と手を貸そうとすると、容赦なく振り払われます。痛い思いも何度かしました。しかし放っておくと、「呼んでおるのになぜ来ないんだ」と怒鳴って、あれこれ命令する始末。まるで召使いのような扱いです。
一方で、医師には丁重な物言いをし、まるで取引先との商談のようです。ベテラン介護職とは、世間話で談笑しています。機嫌がいいのかと思って声をかけると、人が変わったように無愛想できつい言葉が返ってきます。
相手によって性格が変わるDさんを、どう理解したらよいのかわからなくなってしまっいました。
【A】
目の前の利用者の表情や感情に敏感であることは、介護職にとって大切なこと。C子さんはその豊かな感受性ゆえに、優しさや思いやりの深さが魅力的な女性です。しかし、目の前で起こることや発せられた言葉には背景があることも忘れてはいけません。
たとえば「この施設に来ると、帰りたくなくなるわ」という利用者がいます。その言葉は、質の高い介護に対する評価のように聞こえます。しかし、文字どおり受け止めてよいのでしょうか。本当に言いたいのは「家族のもとへは帰りたくない」ということなのかもしれません。
Dさんの態度も、ただ頑ななのではなく、C子さんに抵抗したくなる理由があるのではないでしょうか。C子さんとの関係が、Dさんのこれまでの人生にはなかった人間関係なのかもしれません。その違和感がDさんの気持ちを固く閉ざしているのではないかと察することができます。
目の前の利用者を見つめることは大切ですが、そのこころを知るには、これまでの人生がこころを形作ってきたことを忘れてはいけません。C子さんは、職場の先輩や時々訪ねてくる「嫁」(=長男の妻)に聞いてみました。
Dさんは、戦後の焼け跡から会社を興したそうです。男気の強い昔気質な方で、他人から頼られるのは好きですが、頼るのは大嫌いなタイプ。たくさんの部下を従え、何でも思いどおりにしないと気がすまないワンマン社長でした。
こうして調べてみると、C子さんには合点のいくことがあります。医師と会話するときの顔は、まさにビジネスの世界にいる顔です。命令口調は職場の日常だったのでしょう。担当職員であるC子さんには、本来はいろいろと頼らなくては生活できませんが、それさえ潔しとしないのは、頼るのを恥としてきた数十年来の信念を今なお譲れないためと思われます。
そうしたことを理解したうえでDさんを見直してみると、C子さんにはもはやストレスと感じられなくなっていることがいくつもあることに気づいたのです。
何とかこころを開いてもらおうと懸命でした。どんなに抵抗されても、いつかはわかってくれると信じて頑張りました。そんなC子さんですが、いつの間にか「行き詰まり感」を抱いていたようです。
人間関係の行き詰まりは、相手との距離が近すぎる状態で生じていることが多いものです。介護の熱意ゆえに、無意識のうちに利用者との距離を縮めてしまい、窮屈になっていませんか。距離が近すぎると、利用者の全体像も見えにくくなってしまいます。一歩下がるほうが、冷静かつ客観的に利用者を見据えることができます。
ここでいう「距離」とは、精神的な近さです。Dさんにもっと信頼してほしい、何でも頼ってくれる関係を築きたい。そういう思いに縛られ身動きできない状態になっていたのです。極端に依存的な利用者であれば、より大変かもしれません。相手の頼るパワーに巻き込まれ、その関係を信頼だと思い込んでしまうと、窮屈なのに抜け出せない状態に陥ってしまいます。
適切な間(ま)をとることは、介護職と利用者の互いにとって心地よいものです。どの程度の間が快適なのかは、十人十色。自らを守り、相手を侵食しないだけの間をとることで安定する関係もあります。
C子さんは、Dさんに先走って手を貸そうとするのを止めました。さっと手を出すと、「いらん」と一蹴されることがありましたが、気の利く職員だと思われたくてついやってしまい、Dさんのプライドを傷つけていたのだろうと気づきました。また、間を置いてみると、DさんがC子さん以外の人々といろいろな太さと長さの関係で結ばれている様子も見えてきました。
Dさんが信頼している医師が伝えたほうが反発が少ないと思われることは、診察の際に医師から話してもらうようにしました。これも、自分が最もDさんに近い位置にいなければならないという思い込みを捨てたからできたことでした。
出典:『こころもからだもスッキリ! 一人でできる介護のストレス解消法』中央法規出版、2008年