事業所の収支と給与の関係
10月3日、厚生労働省は「2011年介護事業経営実態調査の概要」(以下、実態調査)を公表し、「おもな調査結果」として(1)サービス別の収支はおおむね黒字、(2)サービス別の収支はおおむね改善、(3)サービス別の総収入に占める給与費の割合はおおむね減少、と報告しました。
「介護報酬改定の基礎資料」(2011年7月25日更新)でも紹介しましたが、実態調査は「介護報酬は各サービスの平均費用の額等を勘案して設定するため、各サービスの費用等の実態を明らかにし、介護報酬設定の基礎資料を得ることを目的」に介護報酬改定の前年に実施するとされ、2005年、2008年、2011年とおこなわれています。今年度の介護報酬改定を議論した社会保障審議会介護給付費分科会(以下、分科会)には2011年10月7日に開かれた第81回には、2011年実態調査の「速報値」が提出されました。
なお、介護報酬改定の2年前には同じ目的で「介護事業経営概況調査」が実施され、2004年、2007年、2010年と公表されています。
訪問看護の収入は訪問介護の約3倍
今回の公表が確定値になりますが、調査対象は約3万事業所で、回答事業所は約1万事業所、有効回答率36.1%です。
表1に利用の多いサービスについてまとめてみました。利用者1人あたりの収支差率が高いのはデイサービス11.6%、老人保健施設9.9%、介護療養病床9.7%、特別養護老人ホーム9.3%と施設系に傾いています。収支差とは、収入(売上)と支出(売上原価)の差額(粗利益)のことで、その差額を売上高で割ったものが収支差率(粗利益率)です。
利用者1人あたりの収入を訪問系サービスでみると、ホームヘルプ・サービスが3,863円、訪問看護が1万786円で、医療系が福祉系の約3倍の収入を得ているといえます。収支計では、最高が介護療養病床の1,497円、最低がホームヘルプ・サービスの193円になります。
介護報酬を引き上げても給与は軒並みダウン
2008年(第3期)と2011年(第4期)を比較して、各サービスの収支はおおむね黒字で改善したが、給与費の割合はおおむね減少した、という結果については表2にまとめました。
収支差率が減っているのは、ショートステイ(短期入所生活介護)がマイナス1.4%、認知症高齢者グループホームがマイナス1.3%、有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)がマイナス0.9%、訪問看護がマイナス0.4%の順になります。
また、「総収入に占める給与費の割合」(給与費割合)が増えたのは訪問看護のプラス0.6%、有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)のプラス0.3%で、他のサービス事業所は“おおむね”下がっています。特にケアマネジメント(居宅介護支援事業所)がマイナス19.0%、福祉用具レンタルがマイナス14.6%と大幅な引き下げとなっています。
第4期(2009~2011年度)の介護報酬は、介護職員の待遇を改善するために3%の引き上げとなり、引き上げに伴う介護保険料の上昇分には「介護職員処遇改善臨時特例交付金」(以下、特例交付金)として税金が投入されました。しかし、分科会では引き上げ分を職員の給与に反映するかどうかは「経営者の裁量」、「労使交渉による」として、給与に限定しませんでした。また、2009年10月からは給与を引き上げる目的で、「介護職員処遇改善交付金」(以下、交付金)として税金が追加投入されました。
厚生労働省は第4期介護報酬改定(特例交付金)で平均8,930円、交付金で約15,000円の給与引き上げになったと報告しました。しかし、事業所の収入に占める給与の割合は“おおむね減少”しているわけです。
「基礎資料」の価値
第5期(2012~2014年度)の介護報酬はプラス1.2%改定と報告されていますが、介護職員処遇改善交付金(介護報酬の2%相当)が介護処遇改善加算に移行したため、実質マイナス0.8%改定と言われています。
基本報酬は訪問看護のみの引き上げとなりました。2011年実態調査では、訪問看護の収支差率が2.3%と他サービスに比べて低いにもかかわらず、給与費割合は増えるという“事業所の努力”が評価されたのでしょうか。
介護職員は減少に転じている
実態調査が公表された10月3日、日経新聞は「離職が止まらない 介護スタッフ、職場の惨状」という記事を掲載しました。前日の2日には東京新聞が「介護労働 働く人が守られてこそ」という社説を掲げました。
2000年に約54.9万人からスタートした介護職員数は、2005年に112.5万人と倍増しました。毎年10%台のペースで増えていましたが、はじめての大きな改定があった2006年以降、伸び率は5%前後で低迷し、2010年にはマイナス1.0%という初めての減少を記録しています(表3参照)。
政府は高齢化がピークを迎える2025年までに、介護職員は最低でもあと100万人は増やさなければならないとしています。毎年約7万人ずつ増やす必要があるわけですが、事業所の収益が増えても働く人の給与が下がり、就業率がマイナスに転じているなか、“介護報酬改定の基礎資料”の価値はどこにあるのでしょうか。
2011年 | 利用者1人あたり(1日) | 収支差率 | |||
収入 | 支出 | 収支計 | |||
ケアマネジメント | 13,554円 | 13,909円 | -355円 | -2.60% | |
在宅サービス | |||||
ホームヘルプ・サービス | 3,863円 | 3,670円 | 193円 | 5.10% | |
訪問看護 | 10,786円 | 10,536円 | 250円 | 2.30% | |
デイサービス | 10,571円 | 9,350円 | 1,221円 | 11.60% | |
短期入所生活介護 | 13,314円 | 12,568円 | 746円 | 5.60% | |
福祉用具レンタル | 17,546円 | 16,489円 | 1,057円 | 6.00% | |
特定施設入居者生活介護 | 11,255円 | 10,865円 | 390円 | 3.50% | |
地域密着型サービス | |||||
認知症グループホーム | 11,707円 | 10,723円 | 984円 | 8.40% | |
施設サービス | |||||
特別養護老人ホーム | 12,628円 | 11,457円 | 1,171円 | 9.30% | |
老人保健施設 | 13,175円 | 11,865円 | 1,310円 | 9.90% | |
介護療養病床 | 15,507円 | 14,010円 | 1,497円 | 9.70% |
収支差率 | 給与費割合 | |||||||
2008年 | 2011年 | 増減 | 2008年 | 2011年 | 増減 | |||
ケアマネジメント | -17.00% | -2.60% | 14.40% | 99.40% | 80.40% | -19.00% | ||
在宅サービス | ||||||||
ホームヘルプ・サービス | 0.70% | 5.10% | 4.40% | 81.50% | 76.90% | -4.60% | ||
訪問看護 | 2.70% | 2.30% | -0.40% | 79.40% | 80.00% | 0.60% | ||
デイサービス | 7.30% | 11.60% | 4.30% | 60.70% | 55.60% | -5.10% | ||
短期入所生活介護 | 7.00% | 5.60% | -1.40% | 59.20% | 57.50% | -1.70% | ||
福祉用具レンタル | 1.80% | 6.00% | 4.20% | 49.60% | 35.00% | -14.60% | ||
特定施設入居者生活介護 | 4.40% | 3.50% | -0.90% | 48.70% | 49.00% | 0.30% | ||
地域密着型サービス | ||||||||
認知症グループホーム | 9.70% | 8.40% | -1.30% | 57.80% | 56.40% | -1.40% | ||
施設サービス | ||||||||
特別養護老人ホーム | 3.40% | 9.30% | 5.90% | 60.80% | 57.50% | -3.30% | ||
老人保健施設 | 7.30% | 9.90% | 2.60% | 53.60% | 52.20% | -1.40% | ||
介護療養医療施設 | 3.20% | 9.70% | 6.50% | 59.20% | 55.20% | -4.00% |
介護職員数 | 常勤 | 非常勤 | 合計 | 前年比 | ||
伸び率 | ||||||
2000年 | 35.7万人 | 65% | 19.2万人 | 35% | 54.9万人 | |
2001年 | 40.9万人 | 62% | 25.2万人 | 38% | 66.2万人 | 21% |
2002年 | 45.0万人 | 60% | 30.6万人 | 40% | 75.6万人 | 14% |
2003年 | 51.7万人 | 58% | 36.8万人 | 42% | 88.5万人 | 17% |
2004年 | 59.3万人 | 59% | 40.9万人 | 41% | 100.2万人 | 13% |
2005年 | 65.7万人 | 58% | 46.8万人 | 42% | 112.5万人 | 12% |
2006年 | 70.0万人 | 59% | 48.6万人 | 41% | 118.6万人 | 5% |
2007年 | 74.1万人 | 60% | 50.1万人 | 40% | 124.2万人 | 5% |
2008年 | 77.0万人 | 60% | 51.0万人 | 40% | 128.0万人 | 3% |
2009年 | 79.8万人 | 59% | 54.5万人 | 41% | 134.3万人 | 5% |
2010年 | 80.1万人 | 60% | 53.3万人 | 40% | 133.4万人 | -1% |