訪問看護の「被災地特例」
9月7日、社会保障審議会介護給付費分科会(大森彌・座長 以下、分科会)の第92回が開かれ、小宮山洋子・厚生労働大臣から社会保障審議会に出された「東日本大震災に係わる訪問看護サービスの特例措置について」(資料1)の諮問(「これでいいですか」という質問)について、認める答申(諮問への返事)をすることが了承されました。
「訪問看護サービスの特例措置」は、被災地の市区町村が基準該当サービスとして指定する訪問看護ステーションの人員配置基準を常勤換算2.5人から1人に緩和するものです。
2011年4月13日、第72回分科会では「東日本大震災に係わる訪問看護サービスの柔軟な提供方策について」(資料1-8)として、2012年2月末までの期間限定で緩和が了承されました。そして、期限切れ寸前の今年2月28日、第89回分科会で「東日本大震災に係る訪問看護サービスの特例措置について」(資料1-1)として、9月末までの延長が認められました。今回、来年3月まで6か月の再延長が認められたことになります。
繰り返される“1人訪問看護ステーション”の緩和策
「特例措置による訪問看護サービス」(以下、1人訪問看護ステーション)は再三の延長措置が行われるわけですが、短期間の緩和が繰り返されるのは、被災した利用者や家族などの介護者、指定する保険者である自治体、そしてサービスを提供する事業者が常に不安定な状況に置かれることになります。
延長が認められたのは、2月1日に福島市がNPO法人の特例を認めたためでした。今回の再延長にあたって厚生労働省が提出した「特例看護サービスの申請状況」(資料1)によると、4県(青森県、岩手県、宮城県、福島県)の12市町村が12事業者から17件の申請を受け、5件が認められたとあります。受理しなかった10件は「既存の訪問看護事業所による訪問看護で利用者のニーズに対応可能である」という理由です。また、この他に申請について相談があったのは5市と報告されています。
政府と医療系団体の対立
厚生労働省資料「特例看護サービスの今後の対応について」(資料1)には、「提供実績は、これまで延べ6人であり、現在の利用者は3人である」、「継続を希望している市町村は、相馬市、南相馬市の2市である」、「特例措置の継続を希望している相馬市では、既存の訪問看護ステーションからのサービス提供が可能である」という文章が並びます。
被災地に1人訪問看護ステーションが存在することで支えられる人がいるなら、利用者の多寡にかかわらず長期緩和を認めるべきではないでしょうか。あるいは、「既存の訪問看護ステーションからサービス提供が可能」なら、「提供を実施」するよう指導すべきではないかと思います。
しかし、1人訪問看護ステーションの議論のたびに、医療系の委員を中心に「既存の訪問看護ステーションでカバーできる」、「1人では24時間365日のサービスが保証されない」という強い反対意見が繰り返し出されています。
今回は結果として来年2月末までの延長が認められたわけですが、訪問看護ステーションの1人開業については、「規制・制度改革に係わる追加方針」(2011年7月22日閣議決定)の「訪問看護ステーションの開業要件の見直し」で、一定の条件のもと「人員基準の見直し(1人又は2人)」を検討して結論を得るとされています。
被災地支援がテーマでありながら、訪問看護ステーションの人員配置基準をめぐり政府と医療系団体が対立しているようにみえます。
「常勤換算2.5人」についての国会答弁
一方、国会(第180回)では8月9日、柿澤未途・衆議院議員(みんなの党)が「訪問看護師の『1人開業』を制限する根拠に関する質問主意書」(質問第365号)を提出し、17日には野田佳彦・内閣総理大臣の答弁書が出ています。
質問主意書は文書による国会質問ですが、柿澤議員の質問は、(1) 訪問看護ステーションの開業要件である「常勤換算2.5人」の看護師配置の合理的根拠は何か、(2) 国家資格者がその資格に基づき業を行なう事に制限を課すのは憲法22条「職業選択の自由」の侵害にあたるのではないか、(3) 医師、助産師、保健師には「1人開業」が認められているが、看護師と区別する合理的根拠は何か、の3点です。
答弁書では、(1)については、「指定訪問看護ステーションの平均的な利用人数、稼働日数、1人の看護師等の1日当たりの訪問人数等を総合的に勘案し、介護保険法等による保険給付の対象となる訪問看護を安定的に提供することができる指定訪問看護ステーションを指定する場合の最低基準として設定している」としています。
(2)と(3)については、まとめて回答しており、「指定訪問看護ステーションの看護師等の配置基準は、介護保険法等による保険給付の対象となる指定訪問看護ステーションを指定する場合の最低基準として設定したものであり、看護師の職業選択の自由を制限するものではないことから、看護師の「『職業選択の自由』の侵害にあたる」との御指摘は当たらず、当該配置基準を医師による診療所の開設等と比較することは適当でないと考える」としています。
訪問看護ステーションのデータをもとに人員配置基準(最低基準)を作ったと読めますが、最低基準と「職業選択の自由」の整理はあいまいで、「医師と比較することは適当でない」とする理由も書かれていません。
訪問看護を利用する6割は在宅「中重度」
分科会は被災地に限定した1人訪問看護ステーションがテーマで、国会での質問答弁は一般論としての訪問看護ステーションの配置基準のあり方です。
訪問看護サービスは介護保険と医療保険のふたつの社会保険から提供されていますが、「介護保険の給付は医療保険の給付に優先する」、「末期の悪性腫瘍、難病患者、急性増悪等による主治医の指示があった場合などに限り、医療保険の給付による」とされています(2011年10月21日、「中央社会保険医療協議会と介護給付費分科会との打ち合わせ会」資料より)。
介護保険による訪問看護サービスの利用者は約48万人で、介護予防をあわせた在宅サービス利用者約425万人の約1割です(厚生労働省大臣官房統計情報部「2011年度介護給付費実態調査の概況」より)。
「利用者の約6割は要介護3以上の中重度者」という報告もあります。要介護3~5の認定者は約199万人、在宅サービス利用者は約95万人ですから、「中重度」認定者の24.1%、「中重度」在宅サービス利用者の約50.5%が利用していることになります(厚生労働省老健局介護保険計画課「介護保険事業状況報告(暫定)」2012年3月分より)。
需要増に対応する総合的な検討を
訪問看護サービスを利用するには医師の指示書が必要ですから、利用割合の多寡を判断することはできませんが、介護保険による1か月の訪問回数は介護予防訪問看護が4.0回、訪問看護が5.5回で、週1回ペースです(厚生労働省大臣官房統計情報部「2010年介護サービス施設・事業所調査結果の概況」「5 訪問看護ステーションの利用者の状況」より)。
また、訪問看護ステーションは全国に5,119事業所で、ホームヘルプ・サービス事業所(全国20,805事業所)の約4分の1です。単純計算すると、1都道府県あたり111事業所になります(政府統計の総合窓口「2010年度介護サービス施設・事業所調査」より)。
特別養護老人ホームなど施設サービスの待機者問題の解決策がみえないなか、高齢化の進展とともに介護保険サービスを必要とする高齢者は増え続け、介護保険制度は在宅サービスを利用するサービス付き高齢者向け住宅などを増やす方向にあります。
訪問看護の利用者には嚥下困難、発熱の継続、ターミナル期といった「心身の状況」があり、喀痰吸引、経管栄養、中心静脈栄養などの医療ケアが提供されているそうです(2011年9月5日、第79回分科会資料2-1「介護支援専門員の資質向上と今後のあり方に関する基礎調査」株式会社日本総合研究所より)。
「中重度」で在宅サービスを利用する人に訪問看護の需要が高まることは容易に予想されます。しかし、訪問看護の介護報酬が高いためケアプランに十分に組み込むことができない、訪問看護の1割負担が払えないという声も聞きます。また、訪問看護ステーションが少ないため、トラブルになっても納得できる解決してもらえないという相談も寄せられています。
人生の最終ステージを「在宅」で過ごすために訪問看護ステーションの充実をはかるのなら、被災地特例に限らず総合的な議論をしてもらいたいものです。