「介護サービス情報の公表」制度のゆくえ
5月11日に開かれた第12回衆議院厚生労働委員会(牧義夫委員長)において、「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律案」(以下、改正案)について細川律夫・厚生労働大臣から提案理由の説明がありました。
本格的な質疑は5月18日に予定されていますが、野党・自民党が「介護サービス情報の公表」制度(以下、情報公表制度)と療養病床の改正内容に難色を示しているそうです(「介護サービス情報公表制度の見直しで議論 自民・厚労部会」キャリアブレイン5月10日付)。
2005年の介護保険法改正で新設された情報公表制度(当初は「介護サービスの情報開示の標準化」と呼ばれていました)は、(1)利用者がサービスを選ぶことができるよう情報提供する(「利用者の選択に資する」)、(2)介護サービス指定事業者(以下、事業者)の「サービスの質の向上」の2つを目的としています。
具体的には、すべての事業者に「基本情報」と「調査情報」を都道府県(あるいは指定情報公表センター)に報告することが義務化され、都道府県ごとにインターネットで公表されています。特に「調査情報」は、都道府県の指定調査機関の訪問調査を経て公表され、費用(調査手数料)は都道府県ごとに条例で定め、事業者が負担しています。
改正案では、(1)調査は都道府県が「必要と認める場合」に実施する、(2)調査手数料は廃止することが提案されています。
後づけとなった情報公表制度
介護保険制度が作られた時、それまでの措置(全額公費負担で、行政が利用者とサービス内容を選ぶ)制度から、選択(公費と保険料の負担で、利用者がサービスと事業者を選ぶ)制度に変わり、「利用者本位」「高齢者の自立支援」「利用者による選択(自己決定)」が基本理念であるといわれました。ですから、本来であれば2000年度からサービスを選ぶためのしくみが用意されるべきだったのですが、情報公表制度は後づけになりました。
2003年5月から開かれた社会保障審議会介護保険部会(第1回~第16回)は、『介護保険制度の見直しに関する意見』(2004年7月)において、「利用者によるサービスの選択を実効あるものとする」ために「第三者が客観的に調査・確認」し、定期的にすべての結果を公表するしくみが必要であるとしました。
また、介護サービスの情報開示の標準化に関する調査研究委員会報告書『利用者による介護サービス(事業者)の適切な選択に資する「介護サービス情報の公表」(情報開示の標準化)について』(大森彌委員長、事務局・社団法人シルバーサービス振興会)では、「調査及び情報の公表に伴う費用は、事業所が負担することが適当」とされました。
情報公表制度は活用されているのか?
情報公表制度では、「基本情報」で職員体制やサービス提供時間、利用料金などの項目を事業者が自主申告した内容が、「調査情報」で事業者がマニュアル類の有無などの項目を記入し、調査機関が訪問調査で実際の有無を確認した内容が、それぞれインターネットで公表されています。利用状況はアクセス件数が報告されるのみで、「利用者の選択に資する」ことができているかどうか実態調査が行われたことはありません。
「サービスの質の向上」でみると、事業者は情報公表制度とは別に、指定した都道府県などの指導・監査の対象です。2009年度は、改善勧告が574事業所、改善命令が16事業所、指定の効力の停止が69事業所、不正請求などによる指定取り消しが82事業所という「実績」があります(2011年2月22日『全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料』「介護保険指導室関係」より)。
また、介護保険制度ではサービスの利用でトラブルがあった場合、都道府県ごとに設置されている国民健康保険団体連合会の苦情解決機関が、利用者の苦情を受け付け、事業者への調査、指導、助言を行うことになっています。2009年度の累計相談件数は6229件、受付件数236件(国民健康保険中央会「平成21年度苦情申立及び相談受付状況」より)と報告されています。
さらに、都道府県の社会福祉協議会には運営適正化委員会が設置され、介護保険を含む福祉サービス全般を対象に、匿名や働く人の相談にも対応していますが、2009年度の受付件数は2446件で、「老人」分野は864件(全体の35.3%)でした(社会福祉法人全国社会福祉協議会「平成21年度都道府県運営適正化委員会 苦情受付・解決状況の概要」より)。
また、情報公表制度が始まる前から、「福祉サービスの第三者評価」(以下、第三者評価)という事業が行われています。これは、介護保険サービスのほか、障害者授産施設や保育所など社会福祉サービス全般が対象で、受ける(受審する)かどうかは事業者の任意です。都道府県ごとに第三者評価機関が設置され、指定評価機関による評価と結果のインターネット公表が行われています。介護保険など高齢者福祉分野で2009年度に第三者評価を受審したのは1157事業者(受審率1.8%)と報告されています。
「選ぶ権利」を保障するしくみとは?
介護保険制度の基本理念である利用者の「選ぶ権利」を保障するには、情報公表は前提条件となります。しかし現状では、指導・監査、第三者評価、情報公表制度が併存し、苦情解決機関、運営適正化委員会などもあり、しくみだけはたくさんあるけれど、どのくらい活用され評価されているのかははっきりしない状況にあります。
その一方で、サービスごとに指定事業者数にばらつきがあり、過疎地などでは事業者が少ないため「選びようがない」という現実もあります。また、情報公表制度では、事業者からは調査手数料の負担が大きいとの意見も出されてきました。
「調査情報」を緩和するという今回の改正案に対して、「全国調査機関連絡協議会」(長谷部一夫会長)が訪問調査を継続するよう要望書を出していますが、利用者の「選ぶ権利」を守るには、既存のしくみの重複する内容を整理して、シンプルで使いやすい「利用者本位」のしくみを再考することが求められているのではないでしょうか。