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和田行男の「婆さんとともに」

通過点

 介護保険事業を利用されているご家族からコメントをいただきました。しかも実名(高橋さん)?と思われるのですが、「言う気」はもてても「言う勇気」はなかなかもてないものです。本当にありがとうございます。
 このコメントを読ませていただいて思い出したことがあります。

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 平成13年、テレビ朝日「ニュースステーション」という番組で、僕が施設長をしていたグループホームの映像を流していただいたことがあるのですが、高視聴率番組だったこともあり、番組終了後にたくさんの方から電話をいただきました。
 電話をかけてきてくれた人の圧倒的多数は、コメントを寄せてくださった方と同じようにグループホームやその他の入居系施設を利用されている家族の方々で、電話の内容もコメントをくださった方と同様に「同じ介護保険事業なのに、身内が入っているところとは随分と違うがなぜか」というものでした。
 それを僕なりに要約すると、身内が入っているところでは生活のほとんどのことを「してもらっている」になっているが、和田のところでは「している」。その違いは何かという疑問でした。逆に専門職からは「利用者にあんなことをさせて、和田のやっていることは虐待だ」と批判されたこともあります(今では笑い話ですがね)。
 例えば、特別養護老人ホームなどの介護施設では、利用者にどんな能力があろうが関係なく「食事は提供する」形態になっていますが、それは食事のことだけではありません。様々に生活能力をもっていても、その能力を発揮できるように応援するのではなく、生活の中で欠かせない行為のほとんどのことを基本的には「提供」するシステムになっています。
 グループホームといえども変わりないところがたくさんあります。また、安全や安定を優先するという名目のもと「社会と切り離す・閉ざす」ところが多く見られます。
 それを「生活の場」と標榜しているのですが、それは主体性をもって自分の能力を駆使して生きる一般的な私たちの生活の姿とは程遠い姿で、僕から見れば「療養生活の場」と呼ぶべき状況です。
 それは、これまでの認知症という状態にある人(婆さん)のおかれてきた歴史を振り返れば簡単にわかることですが、何もかもできない状態:何をしでかすかわからない状態:問題を起こす状態:混乱してしまう状態といったとらえ方によって、認知症患者は「封じ込める」「奪う」こと以外の方策が見出せなかった、というところから、専門職(医者も行政も含め)の関わりが始まったということです。
 その典型が、薬物や縛ることによる「奪い」や施錠による「封じ込め」ですが、今はそんな原始的な方法はやらなくなったとしても、できることさえもその「機会を奪う」、動くと何をしでかすかわからないから“ふんわか家庭用ソファ”に座らせて立ち上がれない環境をつくり「行動を起こせないようにする」なども、考え方としては「認知症患者対策=何をしでかすかわからない困った存在」の延長線上にあるものです。
 それは支援する専門職だけでなく、婆さんの家族(国民)もまだまだその延長線上で考えている人が多く、家族のほうが「閉じ込めておけ」「縛ってくれ」とか「危ないから何もさせないで」「金を払っているんだから職員が身の回りのことはするべきではないか」「サービスだろ」という場合も多く、国民全体の意識がまだ「認知症という状態にある人を患者の世界に閉じ込める」状況にあることも見過ごせない事実でしょう。
 こうした、専門職にさえまだまだ認知症という状態になった人への「生活を取り戻す・再構築するという考え方」が確立されないまま、「認知症ケア」というとらえ方だけが先行していることによる状況があり、国民の中にもそれが投影されている状況ですから、コメントをくれた方があれこれ思うのも無理からぬことで、それが我が国の到達点なのです。
 でも悲観することはありません。
 この国の専門職は確実に変わってきていますし、国民の中にも変化が見られます。それは、認知症という状態は何もかも失われた状態ではなく、「奪い」や「封じ込める」ことにだけ頼らなくても、それまで培ってきた力を適切な環境が整えば発揮できる状態にあることが、理論的にも実践的にもわかってきているからです。
 だからこそ、日本中で「認知症で、これがこの人の姿だと思い込んでいたけど、違ったんです」という声がたくさん聞かれるようになっているし、町から締め出されて箱の中に閉じ込められていた姿から、町中にくり出す婆さんの姿が増えてきている(生活を取り戻してきた)ということです。
 つまり専門職だけでも、市民だけでも、行政だけでも、医療職だけでも成しえなかったことが、それぞれが知恵と工夫を凝らし覚悟を決めて挑むことによって変わってきたということです。
 これからもそれを追求し続けていくことで、婆さんたちが誤解や偏見や差別から解放されて、人間として、日本国民として、住民として生きていける社会へと歩んでいけるのではないでしょうか。
 まだまだ通過点。高橋さんのコメントから、そのために僕ら専門職が果たすべき役割は、あらためて重く大きいと思いました。尽力します。ありがとうございます。


コメント


 クリスマスの飾りつけをしてもらっていたら、花子さんと一郎さんを思い出しました。
 初めに来たのは花子さん、9人中9人が介護度4から5になるかという時、突然入所の花子さん。話し相手もなくどうなることかと、、初めは自室こもりが次第に空気察し、9人分の洗濯物たたみや11人分の食器洗いを朝、夕、そのうえ朝食前にリビング掃除機かけ拭き掃除まで。自宅で幻覚妄想囚われとは思えぬ姿。
 ひとつき後に入所の一郎さんとクリスマスツリーを組立て飾ってくれました。
 その後、遠くに嫁いだ娘さんと暮らすことになりましたが、退所の日 花子さんが言ってくれました、今までわがまま放題にきたけど、私でも役に立つことがあると思ったと。ここにきて良かったと言って娘さんの所に行かれました。
 これからも、ここに来て良かったと言ってもらえるよう頑張りたいです。


投稿者: むらさき | 2009年12月16日 16:43

  スタート地点でした。
 グループホーム開設のために開いた地域住民への事前説明会でのことです。
 すでに同一町会にグループホームがあり、オレンジリング(認知症サポーター)講習も開かれている地域だったので、「ある程度の理解はあるだろう」とかってに思い込んでいたこともありますが、帰り際に参加者より「ようするに病院でしょ」と。
 愛知でのグループホーム全国大会の分科会で「商店街に越してきた”放火魔”たち」という発表がありましたが、これらの反応がまだまだ正直な反応なのかなーと。


投稿者: 宅老のひとり言 | 2009年12月17日 16:46

 和田さん、皆さん、こんにちは
 
 和田さんの「専門職だけでも、市民だけでも、行政だけでも、医療職だけでも成しえなかったことが、それぞれが知恵と工夫を凝らし覚悟を決めて挑むことによって変わってきたということです。」を読み、勇気をもらいました。
 今回、私が施設敷地外に御利用者と出た事により、上司から聞かされた今の勤務施設の実態(過去に施設敷地外に出た御利用者が骨折し、その結果、賠償金を払わなければならなくなった)これからは、職員は施設敷地外に御利用者を出してはいけない…と護りに入っている、でも、その気持ちが全く解らないわけではない・・。
 御利用者が施設の中で骨折しても施設敷地外で骨折しても誤薬しても、当たり前だけれど役所に届けなければならない。ましてや賠償金を払わなければならないのは非常に大変な事だとも思います。
 施設の存続を考えれば…、骨折なく誤薬なく、ただ…安全に毎日過ごしてくれればいいというのは施設の将来のことを考えた上でもそうだろうし、ご家族の気持ちでもあります。
 ただ、御利用者は人間です。生きているんです!!!物ではないんです。生きている限り、密閉されている施設で外に出られず生涯を終えるほど、悲しいものはないと私は感じ考えてしまいます。でも「ローマは一日にしてならず、一歩から」だと思っています。前文で和田さんがに言われているとおり私たち専門職が日々・・色々な事に果敢にチャレンジしていく、それを行うことが大切なのだと思います。でも、その際に色々な知識を得る事も必要なので沢山のことを学びたいとも思います。

 宅老のひとり言さんのコメントを読み、そういった差別…どうしてなくならないのだろうかと涙がこぼれました。将来の自分の姿かもしれないのに…。でも、発想を変えれば、そこに出席してくださった方がいるわけで、出席=興味をもたれているからであって、それは、ある意味、これから改善の可能性を秘めているとも思われます。


投稿者: 寺内 美枝子 | 2009年12月18日 13:21

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
和田 行男
(わだ ゆきお)
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち97年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームなどを統括。東京都地域密着型サービス事業者連絡協議会代表としても活躍。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

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