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和田行男の「婆さんとともに」

リスクと回避力

 香川県綾川町滝宮小学校で5・6年生が自分で献立作り、食材の買い出し、調理までを行う「弁当の日」を設けることを2001年から始め、今や35都道府県523校で行われるまでに広がっていると、中日新聞(8月16日付朝刊)に掲載されていた。
 記事によると、『「包丁で指を切ったら」「火の元は大丈夫か」。始める前には不安があった。だが、「リスクを考えてやめるより、子どもが成長する機会を与える方が大事。子どもが食にかかわる事は家族の絆を深めることになる」と実施に踏み切った。親は手伝わない。子供が家で台所に立つ。』とある。
 また最近の『日経Kids』という子育て雑誌の表紙に「自分のことが自分でできる子にする」とあったが、これらはとても大切なことを示唆してくれている。

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 僕らが婆さんを支援していく時に、いつもくっついてくるのが「安全」である。
 安全とは広辞苑によると「安らかで危険のないこと」とあり、他の辞書には「危害または損傷・損害を受けるおそれのないこと。危険がなくて安心なさま」とある。
 確かに生身の人間にとって安全はとても大切なことだが、生きていくなかで100%安全を確保する・確保できるなんていうことがあり得るのか。どんなに収容・隔離して保護政策をとろうが、100%安全はあり得ないだろう。
 僕らは様々に生きている中で、安全率を高めるために危険に挑んでいることがある。その代表が子育て期かもしれない。僕が100%安全確保された状態で子育てされていたとしたら、僕の今生きる姿はなかったはずである。
 つまり、様々に危険と隣り合わせの状況の中で、その危険を予測して危険を回避する手だてを身につけていく(リスク・テイクとでも言いましょうか…)ことが子どもの頃に受ける自立支援であり、誰もがかなり危うい経験を伴いながら、生きていく過程で脳にその経験を積み上げてきたのではないか。婆さんはそれを70年、80年、90年と積み上げてきた「リスク・テイクのツワモノ」である。
 婆さんの現状を一口で言えば「いったんは身につけた様々なことが、疾患・加齢等によってその水準を維持できていない」ことにあり、リスク・テイク力も下がっていると考えるほうが自然である。しかし、すべてを失ったわけではなく、下がっている状態は人それぞれであり、元の状態まで取り戻しできる可能性を秘め、さらに新たに身に付けることも不可能ではない状態である。
 にもかかわらず、画一的に危険だからということで、言い方を変えれば「安全」を優先的に確保するという名目で、婆さん自身の中にある能力を封印している福祉の現状があり、実はそのことで「生活の廃用性」を支援者であるはずの専門職がつくっているのではないか。
 それは教師たちが、危険に触れさせないで危険回避力を身につけろと子どもたちに言うのは無理があるのと同じようなもので、有る能力を使う機会を奪ってしまえば能力は低下すると考えるほうが自然だということだ。
 この学校の子どもたちは、ケガを負いながらケガの危険にさらされながら怪我をしない包丁の使い方を身につけているだろうし、できなかったことができるようになっていく喜びだけでなく、与えられた餌とは違って獲得した食物から学ぶべきことが多いだろう。
 かつては一般的な状態にあった婆さんも、加齢や認知症等により包丁を使う機会が減り・減らされて使えなくなっていくのだが、施設などを利用し専門職の支援を受けることによって使う機会を取り戻せば、ケガを負いながらケガの危険にさらされながらも怪我をしない包丁の使い方まで取り戻していくことだろう。
 それは子どもたちとは違って「かつてできていたことが再びできるようになる」ということであるが、逆に言えば「できなかったことができるようになり、そのできていたことが再びできないようになった」ということの裏返しで、それは「できなかったことができるようになることだらけ」の子供期とは違うということでもある。
 つまり、できなかったことができるようになる喜びは、できていたことができなくなる哀しみとセットで、いくつになってもでき続けられることは、できなかったことができるようになった喜びを続けられるということなのだ。
 だからこそ僕らの支援によって、できていたことを取り戻せれば哀しみを吹き飛ばせるかもしれないと考えて一生懸命支援する。そこに僕は「尊厳の具体的支援」を垣間見ている。
 いま当たり前のようにできることは、できなかったことができるようになったということであり、リスクを覚悟してでもできるように応援してくれた人たちがいたお陰でもある。
 きんさん・ぎんさんが話題になったとき「100歳にもなって歩いて外出しているなんて恥ずかしいわね」と言った人はいない。100歳になってもこの国で生きる人々とそう変わらない姿で生きていることに日本中の人々が感嘆したのは、実は「一般的な姿」が100歳になってもあるということにであり、できるようになったことが100歳になっても維持されていることに心が動かされただけのこと。
 2人が50歳なら誰もが「ふつうのことやんか」と思うだけ。長寿で元気な人々の姿に感銘を受けるのは、多くの人々の願いの裏返しでもある。
 僕は、目の前に現れる婆さんがどんな姿でも、死に至るまで、できていたことが取り戻せるように応援していきたいし、人間の計り知れない能力にかけていきたいと考えている。
 きんさん・ぎんさんは自力だったが、仮にあの裏側で専門職が黒子のように力を尽くして、あの姿を人々に見せていたとしたら、素晴らしい専門性の発揮ではないか。
 リスクを考えるより、最期まで人として生きる姿を追いかけていきたい。


コメント


 しばらく前にNHKで「秩父山中 花のあとさき」という番組を見ました。奥秩父の限界集落でムツばあさんという方の暮らしを亡くなるまでの数年間をカメラに収めた作品です。
 ムツばあさんは山の急斜面を早足で歩きます。畑仕事をしたり、筍を掘ったり、下草むしりをしたり、木を手入れするのに木に登ったりします。顔には生気があふれ、若い娘さんの様にすら見えます。
 私が思ったのは、もしもあそこに安全を最優先する野暮な介護職が入ってしまったら、きっと「危ないから」とやめさせられ、もしかすると山道には手すりが付けられ、あのような素敵な暮らしにはならなかっただろうということです。確かに「安全」も大切だと思いますが、もっと大切なこともある気がしてなりません。
 前作の「ムツばあさんの花物語」がNHKオンデマンドで見れます。お勧めです。


投稿者: ザキ | 2009年09月16日 09:10

 私も見ました。数度です。
 貴方は、何処を見ていましたか。ムツばあさんの数十年の生き様です。よく言うように山がムツばあさんの庭です。居間です。私には貴方のような心配は全然浮かんできませんでした。したって私の子供の頃は同じような生活をしてきているから。よく聞きますが、入居者のアセスメントとかいって入居後の生活のために、今までの生活習慣等の聞き込み等があるようですが、自分の体験のない生活にどれだけ理解できる人がいるのでしょうか、又それをサポートできる人がどれだけいるのでしょうか、時差、年の差、で整理出来る物じゃないですよね。時代をつなぐ何かが途切れてしまっているのかも。


投稿者: 大 | 2009年09月16日 15:52

 今、介護職・福祉職が、安全だけにこだわらず、本人の意欲を大切にしようとしたなら、間違いなく家族や施設の管理者や行政関係者から「安全確保はどうするのだ?」と攻撃されることが多いはず。
 本人の意欲を支援するのと同時に、きんさん・ぎんさんやムツばあさんのように、自力で生きようとする高齢者の姿に共感し、応援してくれる人を増やしていかないと、対抗するのは難しいと思います。
 ここは専門職本人の頑張りだけでは無理が多い。高齢者や障害者を地域に送り出しながら、彼らの「親和力」というか、支援者を作り出す力に期待してもいいと思うのです。僕は以前、重度の知的障害者の入所施設で、その力の大きさに感動しました。一所懸命生きようとする人が訴える力は、本当に強いものだと…。
 専門職の皆さんには、専門性の発揮だけにこだわらず、そういう本人の力を信じた上で、息長く粘り強く取り組んでくださることを期待します。
 


投稿者: あが | 2009年09月16日 21:42

 おひさしぶりです。ムゲンの佐野です。
 パチンコ依存などのある婆さんにはどう支援していますか?
ムゲンではあくまで主体は障害の「重い」統合失調症者なので、依存症の人には手薄になります。というか健常者に近い依存症の人は同じ作業所の中では、発言力が強過ぎるのです。
周辺にいる依存症の人には,病院が金を管理したりしています。

 宣伝させてください。ぼくは統合失調症ですが、主治医が本を出しました。
 「漱石の病と『夢十夜』」三好典彦 創風社出版
 です。アマゾンリンクです。
 http://www.amazon.co.jp/dp/4860371240
 この本の売り上げで、ムゲンで売った分はムゲン専用車を買うために。寄付してくれます。下記のムゲンのリンクからぼくにメールください。
 http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/


投稿者: 佐野 | 2009年09月16日 21:53

 和田さん、みなさん、こんばんは。

 私も特養にて、人間らしく生きるお手伝い…頑張っています。まず、目やにを取る…自分のことは出来るだけ自分で行っていただく…。オムツやパットを出来るだけ、こまめに取り替える。ベット生活ではなくて出来るだけ…車椅子に乗ってでも良いから、起きて頂く…。時間があれば、みんなで歌を歌ったりしています。まだまだ、首をかしげること沢山ありますが、まずは仲間作り…、そこが一番大切です。
 今まで、何を言われているのかわからなかった方が、私と一緒に「朧月夜」を歌ってくださる。全く、意思表示のない方が、お風呂で私が歌っているのにあわせて口を動かしてくださる・…。
 反省ばかり、迷惑を掛けてばかりの毎日、でも、私の仕事が遅いならば、誰よりも最初に何でも行おうと思っています。


投稿者: 寺内 美枝子 | 2009年09月17日 20:26

 「リスク」と「人として生きる姿」の話の例えに、ムツさんを出したのは不適切だったかもしれません。大さん以外にも不快に感じられた方は多かったかもしれません。反省しております。申し訳ありませんでした。


投稿者: ザキ | 2009年09月18日 00:02

 和田さん、すみません…、ザキさんにコメントをさせてください…。

 ザキさんへ
 私は、結局…パソコンの調子が悪くて「秩父山中 花のあとさき」は見れませんでしたが、生き生きと生きられてた御婆さんがいたんだ…と知っただけでとても嬉しかったです。
 それに…反省することは、とても良いことだと思います。謙虚って素敵ですね♪。
 またのコメントを楽しみにお待ちしています。


投稿者: 寺内 美枝子 | 2009年09月18日 21:39

ザキさんへ
 こんにちわ。ザキさん、不適切ではないですよ。よく読んでみてくださいよ。大さんはザキさんを責めてなんかいないですね。
 和田は思考の題材として事象を出しているにしか過ぎないわけで、それを受けたみなさんもディスカッションをしているにしか過ぎないわけです。
 つまり、サギさんもものの見方や考え方として、大さんにはない想像があるということであり、大さんは「自分は想像もしなかった」というだけのことではないですか。
 それを謝るのは変だし、それを反省する必要もないのでは。
 そんなことが肯定されたら、思い描きに枠がはめられ、思い描きの廃用性が起こりますよ。
 ある事象を捉えて様々に思い描くのは、人それぞれ、同じ人でも時それぞれなんですから。
 また、コメントで入ってきてくださいね。


投稿者: わだゆきお | 2009年09月20日 04:20

 和田さん直々のコメント、とても嬉しいです。なんだか自信が出てきました。
 和田さんの言葉にはいつも心の奥の方を刺激されています。お忙しいとは思いますが、おからだ大切にして下さい。


投稿者: ザキ | 2009年09月21日 00:05

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
和田 行男
(わだ ゆきお)
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち97年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームなどを統括。東京都地域密着型サービス事業者連絡協議会代表としても活躍。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

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著者:和田行男
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発行:中央法規
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