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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

理由なき反抗part1

 クリスちゃんは店の奥の、ガラス面を新聞紙で囲った水槽の水面にスポイトでエサを流し込んでいる。

 ばび「ブライアンシュリンプですか?」
 クリスちゃん「ええ、このエビの仔は稚魚の餌に最適なんです。10日前にエンゼルフィッシュのツガイが生んだ卵が孵ったのです。」
 水槽の新聞紙の隙間から覗いてみると、5mmに満たない稚魚がいっぱい、尻尾を振ってちょろちょろ泳いでいて、膨らんだお腹にはブライアンシュリンプの赤い色ついている。
 ばび「かわいいですね」
 クリスちゃん「このエンゼルフィッシュ、とっても大食漢なんですよ」

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 ばびは水槽を覆っている新聞紙に掲載をされている一面のカラーの写真に目が止まった。
 ばび「見て下さい! この写真。ロンドン名物の2階建てバスが炎上して黒こげになっています」
 クリスちゃん「ええ、新聞で読みました。イギリスのロンドンで黒人男性が警察官に射殺されたことをきっかけに暴動が発生して、イギリス各都市へと広がった、らしいのです。イギリスって『紳士の国』かと思っていたので、びっくりです」
 ばび「いや、実際は貧富の差や不況による失業、移民の排斥などの問題を抱えています。以前からIRA(アイルランド共和国軍ですが)の北アイルランドの分離独立を求めたテロが頻繁だったでしょう。でもこんどの暴動はちょっとびっくりしたよね」

 クリスちゃんは光を求めて水面に集まってくるミジンコのようなブライアンシュリンプを、スポイトですくっている。
 ばび「でも実はフリーガンと呼ばれる、サッカーの試合にかこつけて暴れ回る集団もずっといて、こんどの暴動はその系譜ではないのかな? と思って、ぼくもネットで調べてみると、イギリスは世界一監視カメラの多い国だそうだけれど、こうやって監視強化して、平和を守られた日常生活に希望を見いだせない若者たち。そういうかちっとした体制を壊して憂さ晴らしをする若者たち。普段ストリートでラップとか踊っている、社会の主流に乗れない貧しい若者たち。日本で言えば、渋谷系とかヤンキーと呼ばれるちょっとワルくて社会で行き場のない若者たち。そういう若者たちの起こした暴動らしいんです。フリーガンとも似ているよね」
 クリスちゃん「そうなんですか。若者の反抗……。そういえば私は反抗期あったのかなあ?」
 ばび「でもこの暴動。略奪を繰り返すところがいかにも貧しい。こんな反抗的な若者たちは、たとえば戦争では解放される。戦場では人殺し、略奪、強姦なんでもアリだ。どこの国の軍隊も同じです。倫理観など持っていたら人は殺せません。戦争中日本軍もありとあらゆるワルいことをしてきた。戦場では兵士のワルさを止めることができない。いくら軍法会議というものがあっても、国のお墨付きのある軍隊のやることだからね。若者というのは普通にそういうものだよ」
 クリスちゃん「私みたいに引きこもっていては、ワルいこともできませんね。親とはしょっちゅう冷戦状態でしたけれど」
 ばび「あはは」

 クリスちゃんは、ブライアンシュリンプのボウルとスポイトを片付けると、冷蔵庫から麦茶を汲んできて、ぼくにもコップを渡してくれた。

(part2へ続く)


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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