日記が出てきた
今日はマットグロッソが休みである水曜だ。クリスちゃんは、自分の部屋の押し入れの整理をしていた。すると、大事なものを入れておく引き出しから、昔の大学ノートの日記が出てきた。中学と、卒業できなかった高校時代のものだ。
パラパラとめくっていたが、イタい言葉の並ぶ中で、特にイタいページが出てきてしまった。中学のバレー部で、失恋した頃のものだ。
8月20日 今日は午後から練習だ。この頃あや先輩にばかり目が行く。あや先輩のアタックは誰もブロックできない。速攻! 決まったときのひかえめなガッツポーズ。笑顔にしびれる。終わってからロッカールームで会った。「カッコいいです。とてもスキです」と言った。「ああ……言っちゃった」。あや先輩は「にこっ」とした。ドキドキした。
8月25日 夏休みの練習の最終日。わたしがよく話しかけるので、あや先輩からうっとおしがられて、避けられているように思う。つらい。
9月2日 先輩の教室に行って、手紙を渡した。「避けないで、仲良くしてください」という手紙。下校時にあや先輩が近寄ってきて、「受け取れない」と手紙を返された。泣いて帰った。
9月3日 朝から布団のなかで泣いた。学校には行かなかった。
9月10日 泣いた。涙で布団が湿っぽい。「母が学校行け!」と言う。学校行ったら、あや先輩に会ってしまう。あや先輩には恋人はいないけれど、男子のK君と仲がいい。くやしい。私、男子だったら良かったのに。奥歯をぎりぎり噛んだ。痛い!
9月27日 学校には行きたくない。さびしい! さびしい! さびしい! 女性を好きになったなんて。わたしどうかしてる! あや先輩もわたしを好きだと思ってきた。好きだと思いたかった。わたしの感違いだった。好きだった時間は戻せない。いまの現実は何も変わらない。
10月3日 失恋して、1カ月だ。「1リットルの涙」という映画があった。わたしには、ものすごくたくさんの涙だった。生き地獄のよう。あや先輩の笑顔が見たい。そうだ、明日は学校に行ってみよう。
10月4日 あや先輩を見かけた。逃げ帰った。あや先輩など死ねばいいのに。いやわたしが死にたい。唯一の友人、K子にメール。あまりに学校は平和だった。K子が来てくれた。K子は「思い詰めないこと。元気出せよ!」と言った。思い詰めないことができればいいのに。結局こころはK子ともだれともつながっていない。わたしはひとりだ。
10月6日 なんて長い1日だろう。何かの罰を受けているようだ。
10月8日 父の日本酒をもって来て、飲んだ。甘い。どんどんのむと、気持ちよくなって、寝てしまった。父と母に叱られた。頭痛。好きになんかならなければ良かった。
10月9日 ああっ! ダメ人間だ。あや先輩に負けている。無条件降伏だ。好きになんかならなければ良かった。
10月15日 ご飯食べたら、なんか夢から醒めた。現実がくっきりと見える。わたしは醒めた現実にいる。先輩に夢中になり、バレーに夢中になった。今までのすべてがムダ。こころが折れているのがわかった。誰かやさしくしてほしい。K子に来てもらった。ぎゅっと抱きしめてくれた。ありがとうK子。ぐっすりとお昼寝をした。
11月10日 さびしい。出会わなければ良かった。醒めたと思ったのに、起きているとあや先輩のことばかり。寝るのがいい。
12月12日 出席日数が足りなくなるらしい。朝になると、具合が悪い。布団から出られない。
1月3日 正月休みは楽だ。みんなも学校に行っていない。K子が遊びに来た。あや先輩がT高校に行くらしい。わたしのレベルではとても無理。K子といても、なんだか、孤独感。
2月20日 学校へ行こうか? 4月からは3年生だ。ため息。
「ほっ……」。クリスちゃんは大学ノートを放り出して、下着のまま、ベッドに体育座りをして、膝小僧に顎を載せていた。ときどき顔を上げて、脱力した薄笑いを口元にたたえていた。
このあいだ、K子から「あや先輩は付き合っていた大学の同級生との間に子どもができて、卒業を待って結婚して、家庭に収まった」って聞いた。
失恋の思い出はクリスちゃんの黒歴史として胸に刻み込まれ、出会いがないという現実もあるのだが、新しい恋に踏み出せないでいる。
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