死刑でいいですpart2
発達障害のある人はその空気を読めないなどの性格的な特徴のために、周りから虐待やいじめを受けやすく、孤立しやすいだろうと思う。実際に当事者と話していても、空回りをしやすく「人間関係を築くのが難しいだろうな」とよく思う。山地氏の母は生活できないほどの借金をし、山地氏も小さい頃から父から虐待され続け、ズタズタのこころの傷が原因で、非行(ヤンキー)に走った。また彼とは逆に内向きになって、2次障害を起こしたりして、ひきこもったりとかする人たちもいる。山地氏も母を殺す前「帰ってこない山地氏を心配して、母が「日記をつけていたこと」を、「監視されている」と受け取っていた。2次障害も出ていたのではないだろうか。
発達障害は近年注目されて、発達障害者支援法もできたけれど、大人の発達障害者に対する支援はまだまだだ。ムゲンでは、発達障害のある人も来るのだが、「自由すぎる」と言って、長続きしないこともある。発達障害のある人は、「何時から何時までこの作業をやってください」などと枠にはめて欲しいと言う。この事件の山地氏も母親を殺害して、少年院に入っていたのだが、その軍隊的な生活にはとてもよく馴染んでいた。「規則や指示には絶対に従います」と言って、素直にしたがって、とても早く慣れていった。
山地氏は少年院で発達障害と医師に言われたのだが、出所後の引取り手もなく発達『障害者』であるということが、出所してからの福祉的な支援につながらなかった。結局、パチスロの不正で稼ぐゴト師の仲間に入って、不正の必需品である「体感器」の修理をやっていた。べつに電子工学を習ったという訳でもないのに、半導体を使った体感器の修理ができたという特技は、好きなことには熱中して勉強をする、発達障害の特性がよく感じられる。理屈だけで納得できることが好きだ。そんな技術者のような得意分野での仕事に就くことができていれば、第2の姉妹殺人事件はなかったかもしれない。
普段から、まわりからも孤独に生きていたと見られていた山地氏は、ゴト師の親分とケンカして飛び出してすぐに、事件を起こしている。ゴト師のグループではそれなりに適応していたのに、孤立無援になってしまって事件を起こしてしまった。本当は親分を殺したかったのだけれど、できないから、パニックに陥って、見ず知らずの姉妹に「甘えたくて」殺してしまった。まわりから孤立してしまった人間は、本当にもろく、そして弱い。もちろん自殺してしまう場合だってある。
ぼくが大学浪人時代、東京で孤独になってまわりから孤立した生活をしていたときに、ぼくは「自殺するか、犯罪者になるかしかない」と思っていた。今でもひとりでつらいときには、「みんな死んでしまえばいい」と思うこともある。同時に「死にたい」とも思ったりする。
発達障害は「KY」と呼ばれ、まわりからいじめの対象にされたりして、とても孤立しやすい。大人の発達障害がもっと社会から理解されて、孤立していかないよう、まわりの「支援」が必要なのだろう。障害者は加害者になることより、被害者になることのほうが圧倒的に多いのだから。まわりの支援といってももちろん専門家の支援ばかりではなく、理解ある友人の存在が一番大切だ。一度母親殺しで少年院に入った山地氏が発達障害と診断されながら、障害者手帳を取得するなど、なんとか福祉につながっていれば、あるいは友人さえいれば、と思うと、とても残念だ。
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