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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

欲しがりません、勝つまでは

 東京都の石原都知事は東日本大震災発生後、「今頃、花見じゃない。過去の戦争のときにはみんな自分を抑え、こらえた。あのときの日本人の連帯感は美しい」などと語った。この災害を利用して、彼の好きな滅私奉公、民族主義を鼓舞したいようだ。花見でもうけて、生計を成り立たせている、小さな酒屋や弁当屋の姿は、彼には見えていないようだ。
 またこの間、テレビでは「た〜のし〜い♪ な〜かま〜が♪ ぽぽぽぽ〜ん♪」というCMを公共広告機構が流し続けた。耳につくCMだが「ぽぽぽぽぽ〜ん」というのが、1号炉から4号炉までが順に水素爆発する様を連想させると言うのを聞いて、思わず笑ってしまった。緊張も限界を越すと笑うしかないのかもしれない。

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 このところ新規バージョンのCMが流れている。自粛と日本人の連帯感を求めるCMだ。「デマに惑わされるのはやめよう。買い占めるのはやめよう。電気を節約しよう」というものだ。あるいは「日本はひとつのチームなんです。日本は強い国。日本の国を信じています」とか。CMに出ている人たちも、男なら福島に行って原発で働いてほしいものだ。芸能人が今行けば、誰もが認めるヒーローだぞ。「福島原発で働く労働者を日当40万で募集するけれど、集まらない」とニュースでやっていた。反対の異論に耳を傾けずに、ひとつになって原発を推進してきた結果がこの有様だ。しかし「誰にも愛されないから、原発で働きたい」という女性のブログを読んだが、痛々しい人もいる。
 たしかに公共広告機構のCMの内容が「いいことだ」というのは、だれもが分かりきっている。でも日に何度もしつこく繰り返し流すには、なにか裏があるに違いない、と勘ぐってしまうのが、ふつうだろうと思う。つまり自粛ムードの強制である。
 
 折からの原発に関する報道は、御用学者を起用しての「安全です」の断定の連続だ。100回繰り返して発表すれば、危険なものも安全だ。まるで大本営発表だ。シーベルト、ベクレル、グレイなどの単位をうまく使い分けて、放射線被曝量を少しでも少なく見せようと工夫して発表している、と指摘する人もいる。テレビに出る専門家は、後での金銭的保障や日本の原発政策にとても配慮して、自分を守っているようにも見える。タバコの場合はだれもが「健康に害がある」と言ってはばからないのに。分からないことを安易に断定することなく、正直に「分かりません」と言えるのが誠実な態度だろう。「信じるものは救われる」いや「信じるものは足をすくわれる」。
 
 さて、近くの温泉に行くと、いつもは点いている駐車場の蛍光灯が点いていなかった。たぶんおりからの節電ムードにそったものなのだろう。しかし電気は、一般的に糸魚川静岡構造線にほぼそうとされており、東側で50Hz西側で60Hzだ。いくら西側(関西方面)で節電しても、東京の計画停電などには、全く影響しない。助けることなどできない。東側と西側で周波数が違うというのも、無計画に電力網を広げた電力会社のせいである。
 
 しかしもし、「節電しましょう。原発を全部止めても、十分電力はまかなえることを証明しましょう」という全国運動なら、大いに賛同するし、まわりの人にも勧めたいと思う。南海地震は60%の確率で起こると言われているし、伊方原発がやられれば、僕の住んでいる松山は助からない。しかしこんな運動を電力会社は絶対に承服できない。だから全体の消費量に全く関係のない、「携帯のメールを控えましょう」とか、「コンセントは抜いておきましょう」などと宣伝して、お茶を濁す訳だ。コンセントを抜いて再起動するときに、逆に電気の消費量が増えてしまう家電製品だってある。しょせん公共広告機構のCMに、日本の企業にダメージになるようなことなどはできない。
 
 大震災から数日、マスコミの放送は朝から晩まで震災一色だった。数日後に民放は娯楽番組の放送をはじめた。これに「この非常時に娯楽番組とは!」と抗議が殺到したそうである。しかし同時にどの娯楽番組も高視聴率をマークしたそうである。ぼくも娯楽番組が始まって、「ほっ」とした。みんなそうだったに違いないと思う。緊張状態はそう長くは続かずに、みんな「ほっ」としたかったに違いないと思う。
 
 アリとキリギリスの話が好きだが、ぼくはキリギリスだという自覚がある。さきほどの「買い占めはやめましょう」も、アリだからこそ「買い占めなくちゃ!」って思うのではないだろうか? キリギリスのぼくは、まったく買い占めはしなかった。
 
 この自粛ムードは「日本人はみんなアリになりましょう!」と呼びかけているのではないだろうか? キリギリスの一人として、「人生何が起こるか分からない。一寸先は闇ですよ」と言いたいものだ。一つになろうと呼びかけても人生は1人ひとり全く違っているし、てんでにバラバラなのが人間だ。「非常時だから団結しよう」と言うのは、日本を戦争のできる国にしたい人たちには、とても好都合な言い訳だ。
 
 「病者は炭坑のカナリアだ」と言われている。社会に危険が迫っていることをいち早く察知して、みんなに知らせる。言葉で表現できずに、病状を悪くして、あるいは年間3万人が自殺して、みんなに危険を知らせている。ますますこの社会には病者が増えるのだろうと思う。
 
 テレビでは「がんばろう」を連呼するのも止めてほしい。多くの病者は、疲労してしなびて自分を責めているか、逆に緊張を引きずってハイになっているかだろうと思う。「がんばろう」は、どちらのタイプにも辛いと思う。


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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