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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

孤独を生ききるpart5

 田山花袋という明治生まれの私小説の作家がいる。「布団」という作品をぼくは読んでいないのだが、そのうちに読もうと思っている。何しろぼくのうちには積読している本が10冊以上あるのだ。おまけに遅読だ。青空文庫にも出ているようだ。ウィキペディアによると「布団」は、女性の弟子をとった中年作家が弟子に去られたあと、女性の弟子の寝ていた布団に顔をうずめて匂いを嗅ぎ、泣くというストーリーのようだ。

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 中年男性の孤独な私生活の暴露本だ。花袋は正直者でいい人だったようだ。今の当事者のカミングアウト本も、この私小説の系譜にはいるのではないだろうか。花袋は若いときには女性と付き合いまくった、プレイボーイだった。美食家でもあり、昭和の食料事情を戦争を嫌悪しながら、くぐり抜けている。結婚もしているが、ずっとひとり暮らしをして、自炊をしていた。筆力の衰えた晩年は近くの定食屋に通い詰めて、ひたすらカツ丼を毎日食べ続けたようだ。このカツ丼ばかりを食べ続けるというのは、おそらくは経済的理由で高いものなど食えないけれども、花袋一流の隙のないダンディズムだと思う。そしてある日、ひとり暮らしの下宿でカツ丼を吐いて、胃潰瘍で亡くなった。どれほど孤独だったろうかと思う。
 とても温厚な人であるのに、舌鋒鋭く、他人を批判し議論する姿は、ネットでぼくが繰り広げた電気ショック論争を思い出させた。これでぼくは再発して寝込んでしなったのだが、田山花袋はぼくととても似たところがあるようだ。
 
 いつも行っている温泉からあがり、自販機の前の長椅子でくつろいでいると、悲しそうな目をしてじっと座っている、色黒の50歳か60歳くらいの男の人が目に止まった。50歳とすれば、老け込んでいる。誰かを待っている風でもない。あらゆるコミュニケーションを諦めたようなたたずまいだ。
 一瞬、群れと離れじっと風に吹かれて切り株に座り続けている、毛も抜けた「老猿」を連想した。その男性は財布を出して、コインを握ると、自販機でジュースを買った。そして感慨もなさそうにゆっくりとジュースを飲み干した。飲み終えた紙コップを、イスの上に置かれている紙コップに重ねて、二つ重ねにした。空の牛乳ビンも1本置いてあった。べつに具合が悪そうでもないが、帰る当てがなさそうにも見えた。 
 その男性は長い間じっと座っていたが、重ねられた紙コップを燃えるゴミのゴミ箱に入れ、牛乳ビンを所定の場所に置いてから、ゆっくりと畳の間の方に歩いて行った。

 帰るときに畳の間を見てみたら、毛布をかぶって寝ていた。閉店までいるのかもしれない。ぼくはかける言葉も見つからず、ただじっと見ていただけだった。自分が孤独なときにはつい身近いる孤独な人に、目がいってしまうものなのかもしれない。

(part6へ続く)


コメント


ご無沙汰しております。
Liveです。

「ひとり暮らしの下宿でカツ丼を吐く晩年」

病気の人なら、誰もが境遇を理解できそうですね。
すごいなぁ。
個人的に、こういう生き方は好きです。

テレビでタレント兼プロデューサーが言っていたのが
「孤独じゃない死に方ってあるの?」
と言っていました。

ただ、本当のところは
幸せになりたいですけど。


投稿者: Live | 2011年05月02日 20:58

死ぬときには枕元に誰かいても、逝くのはひとりぼっちです。天国い行けるとか信じられれば、死ぬときも痛みがなければ、ひとりで死んでも幸せなのかもしれません。
老人になっても消化に悪そうな、カツ丼を食べ続けるところが、男の見栄かもしれないです。


投稿者: 佐野 | 2011年05月06日 23:18

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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