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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

ホントウのものとニセモノPart3

 ふーさんは戻ってきて、おしぼりで顔を拭いている。皿に山のようにあった鳥の軟骨も残りわずかになっている。

 ふーさん「お兄さん、お酒おかわり!」。ふーさんは畳に横になって、空になったコップを振っている。
 ばび「もう少しぼくの話を聞いてくれますか?」
 片肘をつき直して、ふーさんが言った。「ああ、いいぞ」

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 ばび「いきなりですが、この世にあるヒトの作ったものに本物などない。すべてニセモノだとぼくは思っています。たとえばブランドものは世間では『本物』と呼ばれているけれど、大自然が偶然に見せてくれる恐ろしいまでの『完璧な調和した美』に比べれば、ヒトの作ったものは、すべてニセモノだと呼んで差し支えないだろうと思うのです」
 ふーさん「ばびさん自慢のうん十万する腕時計もニセモノじゃな」
 ばび「そのとおりです。宇宙ステーションから見た国境もない地球。宇宙から見た白い雲に覆われた、まっ青な地球。テレビで見ている自分も、画面のとてつもなく大きなものの、針で刺したような点として、確かに実在しているのです。
 いまもあちらこちらで戦火が広がっていて、無限の生命の炎が瞬時に明滅し続けています。9.11の炎上は国際宇宙ステーションからもはっきりと確認できた様子を、テレビでやっていました。ヒトの作ったものでも美しいといえるものは、ヒトの手を離れてどこかで大自然と解け合い和解しているように思うのです。
 ニセモノだからと言って、脆弱なものだろうと思ったら大間違いです。ヒトが作ったニセモノで、最強なものが国家だろうと思います。国民の誰ひとり逃れられないヒトの作り上げた暴力装置。一見国民を守るもののようで、決してそうではない。まるで、家庭内でのDV親父のような存在。警察や軍隊は権力を維持し続けるため、国家が存在し続けるための最低限必須なアイテムです。小泉首相の押し進めた新自由主義国家の理想形は、『権力は治安と国防のみを担って、あとは何にもしない』ことでした。とても正直に国家の本質を語っています。地球上の国家で、警察と軍隊を手放した権力などおそらくひとつもないでしょう。かつて日本は国家によって焼け野原にされたのに、今は平和憲法を変えようという声が、国民の間から、とても大きくなっています。国家の発行するお金だってニセモノです。大自然を改造したり破壊したり、ヒトの生活やこころまで支配しているので、ニセモノがホントウのものを駆逐して凌駕しています」

 ふーさんは横になったまま言った。「あ〜そういえば、若いときバイクで警察と追いかけっこしたことを思い出したよ。追われて転倒して死んだヤツもいた……」
 ばび「昔のお仲間なんですね。」
 ふーさん「いまも転がったバイクの側での、脳みその出た無惨な死に様を思い出すことができる……」
 ばび「若死した人は、いつまでも若いままの姿を思い出しますね」
 ふーさん「なんか、しみじみしてきたよ」
 ばび「そうですね」
 ふーさんはぽっかりと口を開けて、天井を向いたままだった。
 ぼくは煙草を出して火をつけ、煙を大きく吐き出した。

(part4へ続く)


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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