子どもは母親のもの(part1)
郊外にある熱帯魚屋のマットグロッソに来ていたぼくは、ふーさんから「今日は汗だくだから、早じまいをして温泉にでも行かんか?」と誘われた。そしてふーさんの冷房の効かない軽のバンで星岡温泉に向かった。駐車場から結構歩いて建物に入ったら、冷房が効いていて急に涼しくなった。番台で入浴券を渡すときに、ふーさんは番台のおばさんと、「涼しくならないねえ」などとべちゃべちゃと立ち話をしていた。結構普段からよく来ているらしかった。ぼくはタオルを買った。風呂に入ると、ふーさんは何度もサウナに入り、ときどき水風呂に飛び込んでいた。ぼくはぬるい炭酸泉にずっと浸かっていた。ぬるま湯に浸かっているのは極楽で、ついつい長風呂になる。ぼくがあがると、ふーさんは待合所で新聞を広げていた。ぼくはたばこに火をつけた。
ふーさんは読んでいた新聞を置いて、やはりたばこに火をつけて、大きく息を吐いて、言った。
ふーさん「大阪で、母親がわが子2人をアパートに鍵をかけて閉じ込めて、風俗の仕事やホスト遊びばかりして虐待死させたんだって」
「ここのところ、子どもの虐待死事件が多いでよすね」
ふーさん「3歳と1歳だったんだとよ」
「胸が痛いですね」
ふーさん「まったくじゃ」
ぼくも置かれた新聞を読んで言った。
「子どもが産まれてずっと祖父母や託児所に預けたりして、1人だけで育てるようになったのは今年の1月だそうです」
ふーさん「ついこの間のことじゃな。なんで託児所に預けなかったのかな?」
「1月からは子育てに頑張ろうって思って、仕事も育児も1人でやったようです。もしかして頑張る気持ちが強くて、周囲からも孤立していたのではないでしょうか?」
ふーさん「それで寂しい気持ちを埋めるためのホスト通いなのか?」
「そういう可能性もありますね」
ふーさん「閉じ込めてドアには粘着テープ!」
「子どもを独占したい気持ちが強い感じですね。ネグレクト(放置)じゃあないです」
ふーさん「独占欲が強いと、子どもに何をやっても許されるって考えるんかな?」
「独占欲って、愛情の裏返しでしょう。自分だけのものというか、自分の一部。それなら自由に何をやっても、どんなに痛みつけても許される。母性愛って基本がそんなものだと思うのです。自尊心の低い母親は子どもに依存してお世話ばかりする母性愛に傾く場合があるけれど、これも子どもが育つにしたがって、真綿で子どもの首を絞めるような結果になる。だいたい自分のものだと思わなければ、母親は子どもを命がけで守ろうなどとは思わないですよ。虐待やDVを受けた人は、『暴力は愛している証拠だ』なんて勘違いさせられている場合もあるし、虐待やDVが原因の怒りを子どもにぶつける場合だってあるだろうし。子どもはやがて大きくなり、体力的にも母親に負けないほど成長してくると、徹底反抗します。それで母親は、『子どもは自分のものじゃない』ことに気づく場合もあるのかもしれません。長男長女って、しばしばそういう母性愛の被害を経験していますね。長男長女が身をもって母親を『教育』するので、下の子はわりとラクチンだったりする」
ふーさん「出た! いつものばびさん(筆者)の長ゼリフじゃな。しかし、兄弟姉妹は年子とか年齢が近かったりするのであんまりラクチンじゃないかもしれないじゃ。わしの母はそういう意味では母性愛が弱かったのかも。しかし夫婦仲は悪かったがな。茶碗や皿がよく飛び交っていたものじゃ」
そう言うとふーさんは、自販機でコーヒー牛乳を2本買って、1本をぼくによこした。ふたを開け、2人でごくごくと一気に飲み干した。「うまい!」
(part2に続く)
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