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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

子ども虐待について(part2)

 虐待された子どもが現実のつらさ寂しさを忘れるために空想にふけり、ロマンチックに育つことも多いだろう。怖い! やめて! 助けて! 嫌! これらの感情が子ども自身を助ける役に立っただろうか? だから感覚のスイッチを切って、ボーっとすることも多い。これはもうろう状態や解離症状と紙一重だ。しかし、ロマンチックな子どもが大人になって芸術家などになるかもしれないし、これも紙一重だろう。「芸術家は家族から離れられない」という言葉を聞いたことがある。機会があれば、考えてみたい含蓄ある言葉だ。

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 この感情のスイッチを切らないと生きてはいけないというものを、コーピング(防衛機構)と呼ぶらしい。以前に、「大人になること」という文章でぼくは母の呪縛が取れて大人になるのに50年かかったと書いたことがある。これは50年間コーピングが少しずつ働いていたということだ。
 ぼくの人生を振り返って、左翼思想に触れ理論武装して自分を守ろうとしたこと、ロックや過激派に対する共感、ボランティア活動への熱中、ムゲンという癒される居場所をつくったこと、死刑囚に過度に感情移入して死刑廃止運動にかかわったこと、フェミニズムへの興味、憲法9条を守る運動、キリスト教を自分の内に取り入れようとしたこと。他人に対する恐怖、絶望、警戒感、怒りなどの暗い感情を見ようとせず、すべて人間性善説に立って理想を追いかけた青春時代だった。
 お人好し、感動バカというべき、憎まず、愚痴をいわず、嫉妬も感じず、希望に満ちて生きてきた。こんなの、普通に「自分」を生きている人間とはいえない。感情のスイッチを切った後遺症だ。暗い現実をありのままに見られなかったのは、自分が善意に満ちていないと生き延びられなかったからだ。ぼくのこころの本当は、怒りの固まりだった。

 女の子が父親から性的な虐待を受けると、「母親に言うと家族が壊れてしまう」と考え、言い出せないのだろう。小さな胸にしまい込み、周りから閉ざされた家族はますます閉ざされる。
 小さいときに医療などの介入を受ければ、虐待による「愛着障害」(なつかないことが原因)は改善されるが、10歳も過ぎてしまうと改善は難しいらしい。また小さいときに虐待を受けると、成長ホルモンが出なくなり、背の低い子になることも多いそうだ。
 被虐待児をせっかく親から引き離し施設に入れても、施設で被虐待経験は人への虐待へと容易に入れ替わり、被虐待児同士の性的も含めた虐待も、先輩から後輩へと引き継がれるということも見聞きする。また施設に入ったために、親の側では面会には一切来ないなどの、ネグレクトも起こることも多いらしい。ぼくの知り合いだが、精神科病院入院中、ヤクザに性的奉仕させられた男性もいる。

 小さい頃から虐待を受けて大きくなって、自分の内面を語った男性は、両親への憎しみ、自殺願望、人生の虚しさ、不安、混乱、孤立、自分の無価値観、そして、「小学校の子どもに性欲を感じてしかたない」と語った。母親から大人の女性は怖いという刷り込みを受けたのかもしれない。実はぼくも大人の女性は怖いのだが、女性の言うことをよくきいて、崇拝することによって自己を保っているのだと思う。
 虐待やいじめが、障害や非行などの原因になっていることは想像がつくが、生まれつきの発達障害などが原因でも、虐待やいじめを受けやすいのも現実だ。特に、軽度の発達障害がいじめや虐待の危険因子だと『子ども虐待という第四の発達障害』(杉山登志郎著、学研)という本にある。
 実際、重度の障害は健常児から見れば別の世界だが、軽度なら自分たちに似ているだけに、ちょっとハイテンションや不器用だったり奇行が目立ったりして親も健常児も、差別しやすくいじめやすい。純粋に虐待などでこころの障害を負ったのか、生まれつきの障害が虐待やいじめを引き起こしたのかは、専門家でも診断は難しいそうだ。専門家自身だって、トラウマを抱えていて援助に影響することもあるかもしれない。ある意味、こころに病を抱えた人間が不完全な援助をするのだから、当たり前なのだろう。これは精神科ワーカーであってもカウンセラーであってもヘルパーであっても、たぶん同様だろう。
                                (part3に続く)


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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