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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

性格を変えるお薬

 性格を変える薬としてアメリカで大ヒットし、日本で1999年に認可されたのが抗うつ剤のSSRIだ。性格が社交的になって、恋もし、積極的になった女性もいると、この期に及んでも(注)、信じて患者に勧めている医者も身近に知っている。

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 さて、『おっちょこちょいにつけるクスリ』(高山恵子編著、ぶどう社)という本で、コンサータ(旧リタリン)が紹介されている。
 リタリンといえば、思い出すのは多くの依存症患者を出し、不正売買も問題化して、2007年に厚労省がうつ病への適応を取り消したことだ。ADHDの子どもに処方されていた(病名はうつ病で処方されていたのだろうか?)リタリンの代わりに、コンサータというリタリンの除放剤(徐々に成分が放出されるものらしい。リタリンが数時間の効き目だったのが、1日中効くという)が、認可された。だから割って飲むとかいうことは想定されていない。
 さて、先ほどの本の中から高山氏の言葉を引用したいと思う。

 もうひとつ、薬の服用にあたって、忘れてはならないことは、咳止めの薬とは違った、薬を飲むと複雑な思いが生じる、ということです。例えば、咳止めの薬を飲んで咳が止まったら、誰もが「よかったね」と言うでしょう。しかし、多動や多弁はその人の性格の一部を形成しているものであり、単純に「薬を飲んだから、止まってよかったね」と言えるものではありません。
 ご紹介した小野田小由美さんも書いているように、実際に薬を飲んで衝動や多動がおさまり、集中力が高まる事実と直面して、多くの人が戸惑うようです。保護者は、大人の勝手で薬を飲ませ、この子らしさをなくしてよいのだろうかと葛藤し、本人は、薬を飲むと違う自分になることに気づき、「本当の自分は?」と思い悩みます。「性格といわれる部分に作用する薬」ということの難しさが、ここにあります。
 私も初めて薬を飲んだとき(高山氏はADHDであることをカミングアウトしている)、別人のようになったことに驚きました。私は薬を飲むと無口になります。思いついたことをすぐ話しださない。今まで外に出ていた言葉が内言化され、声のボリュームはゼロに。自分に向かって語るようになり、頭の中だけで思考できるようになります。まさに衝動性が抑制されるのです。
 でもそのとき、私は無性に悲しかったことを覚えています。どんなに努力してもできなかったことが、薬を飲んだだけでできてしまう。じゃ、今までの努力はなんだったのか…。もし、小さい頃からADHDと診断され薬を飲んでいたら、あれほど人格を傷つけられるような叱責の言葉を受けることもなかったのか…。
 と同時に、無口になる自分、集中できる自分は、本当の自分なのか…。あれだけ努力したのにぜんぜん改善せず、おっちょこちょいと言われ続けてきた高山恵子は、どうなるのか…。
 大げさに言えば、私のアイデンティティが崩されたようで、気がついたら目に涙があふれていました。

 長い引用になったが、周りからのストレスの強さは、文化によって全然違うと思う。周りが困る行為を「迷惑行為だ」と排除する、偏狭な空気の広がっている日本だが、どこまでが容認されるのか、「懐の深い社会」が求められていると思う。日本語の「懐が深い」という言葉は、実に味わい深い。やはり、「みんな違ってみんないい」という金子みすゞの言葉は今も生きている。たとえ、「困った人」でも「死刑囚」ですらも。
 クスリによって本来のADHDというアイデンティティやプライドが脅かされても、それでも落ち着きを選ぶのか。それとも落ち着きのなさが再発してもクスリをやめて自分らしさを選ぶのか。本人に選択肢が開かれていることが大切だろう。周りもその自己選択を受け止める度量がほしい。
 同書には、ADHD当事者の体験談として、リタリン依存症からの回復の話が出ているので、興味のある人は読んでほしい。コンサータが6〜18歳の適応になっているのは、18歳を過ぎて飲み続けると、依存症になるからなのだろうか? 最近ストラテラという薬がADHDに適応があると発売され、依存症にならないという触れ込みだが、やはり適応は6〜18歳だ。

注)SSRIの効き目が患者の躁状態と重なったときに、自殺や他害行為が起こるという報道が相次ぎ、厚労省は調査チームをつくった。


コメント


 「クスリによって本来のADHDというアイデンティティやプライドが脅かされても、それでも落ち着きを選ぶのか。それとも落ち着きのなさが再発してもクスリをやめて自分らしさを選ぶのか。本人に選択肢が開かれていることが大切だろう。周りもその自己選択を受け止める度量がほしい。」
 立場は違うけれど、統合失調の主人を見ているとこの人らしさとはなんだろうと考えます。薬を飲んで静かになって、仕事以外は一日寝ている姿を見ると、幻聴に苦しみ、時には破壊行為を繰り返しながらも、必死に自分の不満をぶつけてきていた姿や、趣味のトレーニングやパソコンに没頭していた頃を思い出すと、何が本人にとっていいのか分からなくなります。
 主人はジプレキサ10mgを維持量として飲んでいるけれど、本当にこれが適量なのかとどこで判断するのだろうと考えてしまいます。人間、多少感情の起伏があってもいいのにと思うのは、安定している本人を目の前にしての贅沢なのでしょうか。


投稿者: たんぽぽ | 2010年06月25日 11:42

 統合失調症の場合、クスリを止めて悪くなると、止めどないということがあると思うのです。妄想から現実に「醒める」ということが大事で、空想、ロマンチックはあってもいいけれど、現実から切り離されては、空中を漂うようになります。
 クスリは緊張を下げるだけで、決して現実に「醒め」させてはくれませんが、年をとり、経験を経ると、醒めるようにもなります。10mgが適量かどうかは、あるいは5mgでいいかもしれないし、様子を見ながら考えてください。


投稿者: 佐野 | 2010年07月02日 19:07

 ありがとうございます。主人の症状は二十歳ごろから出だしてたみたいで、ですが主人自身が病院にかかったのは2年前からで、まだ、薬を飲み始めたのもまだ、2年なので、再発の経験もない状態です。気長に見守ってみます。
 「クスリは緊張を下げるだけで、決して現実に「醒め」させてはくれませんが、年をとり、経験を経ると、醒めるようにもなります。」
 この言葉には重みがあります。まだ主人は今年45歳なので、今後に期待せずでも期待したいと思います。


投稿者: たんぽぽ | 2010年07月03日 20:41

 統合失調症も早期発見早期治療が大切なことは、他の病気と同じですが、最終的に「自然治癒力」というものが体の中から発揮されて、長い時間をかけて少しずつ良くなっていきます。傷にかさぶたが出来て、良くなっていくのと同じです。
 お薬で調子を保つことは、長い目で見ると、自然治癒力を引き出す手助けになっていると思います。


投稿者: 佐野 | 2010年07月06日 17:55

 ありがとうございます。佐野さんのアドバイスにはいつも、頼もしさと優しさを感じています。
 自然治癒力とは関係ないかも知れませんが、ある人から昔、主人は生命力がとても弱いから、気をつけてあげて。といわれたことがあります。でも、妙に納得できるような雰囲気を確かに持っていて、なんか昔から生きることに執着がないような感じです。
 でも、それは障害によってきっといろいろなことがだめになって、人生に希望をみだせなくなってたからなのかなとふと思ったりしています。
 ゆっくりと家族で症状が安定しいる今、いろんな楽しい思い出をたくさんつくって少しでも長生きしたいなと思ってもらいたいと考えてます。前向きな気持ちなったら、自然治癒力も高まるような気がします。
 あっ・・・でも、それがお互いストレスになりすぎないように気をつけますね。


投稿者: たんぽぽ | 2010年07月07日 22:57

 ぼくは自分から動き回って、周りとぶつかってストレスを溜め込むタイプですが、ご主人は自分はじっとしていても周りからやってくるストレスを溜め込むタイプなのでは?と想像します。
 でもおっしゃるように「いろんな楽しい思い出を沢山作って」ってこれに限りますよ。後ろ向きの気持ちだから幻聴という悪口になる気がします。「無事これ名馬」ということわざもあります。何事もない人が実は一番うまく生きているんだ、って。


投稿者: 佐野 | 2010年07月08日 17:29

 ありがとうございます。「何事もない人が実は一番うまく生きているんだ」今の世の中の事情を考えると本当にそのように思います。何事も起きない平凡な日常の中にこそすばらしさや、実は奇跡的なことなんだと思います。


投稿者: たんぽぽ | 2010年07月09日 22:04

 そうなんですよ。日常のささやかな幸せを楽しむことでしょう。幸せってすぐに醒めますから、機嫌がいい生活がいいと思います。


投稿者: 佐野 | 2010年07月10日 18:51

「日常のささやかな幸せを楽しむことでしょう」・・・そうですよね。ありがとうございます。


投稿者: たんぽぽ | 2010年07月14日 07:41

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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