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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

自殺を図った長男を母親が殺害…

 自殺を図った者の8割に、うつ病とか何らかの精神疾患があったと聞いたことがある。自殺を図れば、精神疾患が原因として、治療に際してはこの8割の人には当然、保険が適用される。では精神疾患がなく、突然自殺を図った2割の人はどうなのだろう?大量服薬の場合では急性薬物中毒という病名がついて、保険適応になるみたいだ。では飛び降りたりするとどうなるのだろう?

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 健康保険法ではこうなっている。「被保険者または被保険者であった者が、自己の故意の犯罪行為により、または故意に給付事由を生じさせたときは、当該給付事由に係る保険給付は、行わない」。
 つまり、精神疾患もなく飛び降りたりして自殺を図り、病院にかつぎこまれたら、治療は10割負担なのである。救急病院での最先端の救命医療が10割負担なら、いったいいくらかかるのだろうか?

 2010年4月22日に新聞各紙が一斉にある事件の判決を報じた。事件の概要はこうだ。
 W被告は自殺を図った長男(当時40歳)の母親である。長男は病院にかつぎ込まれ、一命をとりとめたが、意識不明から回復する見込みはほとんどない状態だった。長男は精神疾患もない自殺だったので保険が適応されず、医療費が将来にわたって日額10万円以上かかることが明らかになった。長男は結婚して子どももあり、その妻は「延命治療の中止」を医者に申し入れたけれど、医者は拒否した。

 当然だろうと思う。ぼくだって、命のある限り生きていたい。万が一意識が戻るかもしれないのに、妻の意思だろうと治療を中断させられ殺されてはかなわない。もしかしたら障害者として生きていける可能性もあるかもしれないのに。

 ここで妻は「私が呼吸器を外す!」と訴えた。それを聞いた長男の母親であるW被告は、「長男も死ぬことを望んでいるに違いない。私が殺すしかない」と決意したという。10日後、母は意識不明のまま入院している長男の左胸を包丁で4回突き刺し、殺した。
 裁判員裁判だったのだが、判決は懲役3年、執行猶予5年だった。
 
 健康保険法の生んだ悲劇である。一刻も早く、この健康保険法が改正されなければいけないと思う。なお、保険さえ適応されれば、一定額以上の医療費は払い戻される高額療養費の制度があることも頭に入れていてほしい。


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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