ネグレクト(part1)
『あなたの子どもを加害者にしないために』(中尾英司著、ブッキング)という本を読んだ。
「酒鬼薔薇聖斗」を覚えているだろうか? 最近少年院から社会に出たと、少し騒がれた。相変わらずモンスター扱いだ。この本はその酒鬼薔薇聖斗、少年Aの育ちについて細かく分析したものだ。この本は10年も前に出版されたが、その後絶版となり、Aと同じ年齢の加藤被告による秋葉原事件などが起こり、一見普通の家庭に育った子どもが犯罪者になることに対する、読み解き、「心の闇」を明らかにしたいと思う、多くの人によって関心が高まった。復刻されるまでは、中古で2万円もの値段で取引されていた本だ。
結論をいえば、少年Aは生まれついてのモンスターでもなんでもなく、親の育て方がつくったのだと。
事件後に両親がAと初めて面会した時に、Aが「火がついたように怒鳴り」「ギョロッと目を剥いた」「すごい形相」で親に抗議すると同時に、その目からは涙が溢れていた。母親は「心底から私たちを憎んでいるという目」を見てショックを受ける。「これ」とハンカチを渡そうとすると、Aは「バーンと激しく払いのけ」た。普通の親なら「つらい思いをさせてすまなかった」と言ってAを抱きしめ、ただ泣く場面だろうに、母はただ「納得できませんでした」と手記に書いている。母親はなぜ憎まれているのかがわからない。「私の知っているあの子じゃない」。
次の面会ではAは、「感情のない空ろな目で、顔に表情が」なかった。一回目の面会で15分間全力を尽くして訴えたAの思いは、ついに両親の琴線にふれることはなかった。ついにありのままの自分は認知されなかったという、深い深い絶望。
父親は「騙される」ことが何より嫌な人で、「ああAは私たちをうまく騙していたことも随分ある」と悔しがる。「俺を騙すな!」という父の信念による、家庭のタブーの優先順位の高さは、「命」より上にあった。反省するそぶりはみせずに、「ぼくを騙したあの警官は今、どうしているのですか」と、騙されたことに腹を立てたAは、父親のしつけどおりに育っていた。
「父親は存在しているだけで畏怖されている」という著者中尾氏の言葉に、ぼくは畏怖した。「そうかぼくは自分の家庭の中で怖がられていたのか」と初めて知り、びっくりした。だから著者は「父親はつまらぬことで怒るな」と釘を刺している。
母はサダム・フセイン、ピカソ、ヒトラーなどの本を購入して、さりげなくAの環境に置いていた。これは母の「何かを成し遂げる人になれ」というメッセージだ。そのため母親は、生後1か月のAを「トイレでウンチさせた!」。最初の3か月は母親がカウンセラーのように赤ちゃんの訴えをただ聞き、主訴を理解してやるのがごく普通なのに。2歳のAに茶碗を流しに持っていかせ割ってしまうとか、家の中でまで丁寧な挨拶をさせるとかの、しつけ(コントロール)を急いで、Aから見れば、母から愛情ではなく要求ばかりを受けていた。
同居していた祖母は、唯一Aのこころの港だった。「親といると神経がピリピリして気が引き締まり、おばあちゃんの前では気が緩んで気楽になれた。おばあちゃんに背負われ、暖かかった記憶があります」。Aは小学校3年の頃、「ぼくもお母さんがいなかったらな」というSOSを作文に書いて、担任に削除されている。
「こころの港」であるおばあちゃんが小学5年生で亡くなってから、Aはつらい現実を離れ、空想の世界への果てしのない航海を始めた。Aは蛙やナメクジの解剖も始めた。彼の母は「子どもがなにかしでかしたら、全部一緒にフォローできる態勢はいつも取っておこう」というのが役割と自負していて、「何か頼めば解決してくれる、身近な大きな存在」というのが、母の自己イメージだ。ぼくの母とあまりにもよく似ている。彼の内面と向き合おうとせず、トラブルの後始末をつけ、彼を外界から隔絶する「石垣」だった。母は絶対的自信を持ってAの行為に勝手に理由付けをして、本人には聴こうとはしなかった。この外界と隔てる「石垣」が、Aから生の体験から得られる、批判や非難も含め、生き生きとした「現実の実感」をついに得ることができなかった。
この一見過保護に見えるが、冷たい対応がAを隔離し、「絶対零度の孤独」に追いやった。Aは喧嘩して帰って、父親からは理由も聞かれずに一方的に殴られたときに、「いつか親に自分のことを理解してもらえる」という希望の糸がプッツリと切れた。Aは自分が父と母から、ネグレクト(無視)されていることを思い知った。
ぼくも身近な強い相手と必死にそれでも五分五分でけんかした後、ぼくが怒りに打ち震えているときに、ケンカの相手がまったく自分のことなどへとも思わず、普通に生活しているのを目撃して、自分の無力に打ちひしがれ、Aのように「自分は透明な存在だ」と感じたことがある。
(Part2に続く)
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