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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

べてるのワーカー・向谷地さんという人

 べてるのワーカーをしている向谷地生良さんの若い頃のことを、『降りていく生き方』(横川和夫、太郎次郎社)という本で読んだ。
 彼は、中1の時に先生に殴られたのが原因で記憶喪失になり、その後3か月間「噂されている」という被害妄想にとらわれたという。高校時代にサルトルの「存在と無」について仲間と議論している。ぼくも高校時代に読んだけれど、歯が立たなかった。彼はベトナム戦時下の子どもとつながろうと思った。その頃ぼくは、アメリカのヒッピーや日本の学生運動の報道から、ベトナム戦争反対を強く思っていた。

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 彼は、高校の仲間と止揚学園のワークキャンプに行ったことがきっかけで、福祉の世界に入ろうと決めた。ぼくは20歳から24歳まで入院した後、ひとりで滋賀の止揚学園や大阪の多くの作業所を見学に行っている。
 彼の当時の切実な課題は、「苦労のなさ」だった。ぼくは坊ちゃんとして育ち、虐待と発達障害っぽいところもあって、同級生よりも落ち着きがなく、子どもっぽく、同様に「苦労のなさ」がひどいコンプレックスになっていて、苦労をしてでも世間を知ろうと思っていた。彼は「苦労のなさ」から大学時代、親からの仕送りを断った。ぼくも浪人時代から大学での発病まで、学費以外の生活費は自分で稼いでいた。彼は特養ホームに住み込んで電話番をしたが、ぼくはハードな肉体労働などの世界に飛び込んだ。この無茶な自立への試みが、結果ぼくの発病への準備期間となった。

 彼は大学時代、難病の人たちの、施設を出て地域で暮らす患者運動の介護ボランティアをしていた。ぼくは退院後、身体障害者の「愛をむさぼる会」という、施設を出て地域で暮らす障害者団体の介護をしていた。彼は難病の人を介護して競輪に行った。ぼくは施設の車いすのおじさんを介護して競輪に行ったし、ソープランドへも行った。当時のぼくの彼女と施設内の車いすのカップルとの4人で温泉旅行に行って、カップルが「お風呂に入りたい」と言うので、介護して4人でお風呂にも入った。後に今の奥さんの波津子と一緒になって、施設の車いすのカップルに2人きりで夜を過ごさせたりした。
 大学卒業時、彼の髪は肩下まで垂れ下がっていた。ぼくも発病前、髪は肩下までボウボウだったし、今も長髪だ。

 彼は浦河赤十字病院のケースワーカーになって、浦河教会で昆布の袋詰めを、最初は早坂さんという精神の患者と2人で始め、段々人数が増えていった。ぼくは、仲間はNさんという患者さんひとりから車いすの人たちも含め、作業所を作るための金集めを始めた。
 彼はクリスチャンだが、ある時から教会には行かなくなった。ぼくも洗礼を受けたが、しばらくすると教会に行かなくなった。

 自分と向谷地さんを比べて、これほど経歴の似ている人と出会ったことにびっくりした。彼は小学校時代からクールで冷めた少年だったが、ぼくは冷めてなく、熱く燃えたり、燃え尽きたりを繰り返していた、虐待が原因の発達障害だった。これは病前性格として、発病する人と発病しない人を分ける重要なポイントになったと思う。
 彼はべてるの発展に伴って、SSTを導入していく。そしてメンバーに「苦労をしよう」と呼びかけていく。そして当事者研究で全国的に有名になり、浦河の町おこしを行った。ぼくは、ムゲンはあくまで「居場所」としての心地よさを実践していき、メンバーには気苦労させないことを目指した。
 「この違いはどこに原因があるのかな?」と考えると、ぼくのほうがメンバーから嫌われたくないという、ある意味弱いともいえる心が強かったのではないのか、そして自分自身が苦労すると病気が再燃してしまうリスクを抱えているので、メンバーに苦労を押し付けられなかったのだと思う。それにSSTには、「上から目線」を感じたこともあり、興味を持てなかった。そして、ムゲンを20年やってきてメンバーにことごとく期待を裏切られ続けたおかげで、一切の期待をしないという諦めの処世術を叩き込まれた。その成果だろうか、ムゲンを訪れる人は一様に「ほっとする」と感想を述べる。

※ブログ「こころの病を生きるぼく」は、毎週木曜日更新です。


※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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