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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

足利事件から思う

 ニュースでも大きく報道されたが、無期懲役で服役していた62歳の男性が、17年6か月ぶりに釈放された。DNA鑑定の結果、犯人のものとの不一致が証明され、再審開始が決定したためだ。
 刑の確定者で再審の扉が開かれることは、まず「無罪」になる可能性が高い。部分冤罪などで「刑が軽くなる」ことは、普通再審ではありえない。それほどに再審はハードルが高く、もともとがでたらめな裁判だったということだ。

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 この裁判は、DNA鑑定と自白のみの証拠による起訴だった。物証はなかった。物証は、裁判員制度で裁判する時に誤判を防ぐ大きなポイントだろう。
 「調書を取る取り調べで、暴力がありましたか?」という質問に、氏は「髪の毛を引っ張られたり、蹴ったりされた」と答えている。別にこれは取り調べではよくある話で、取り立てて恫喝されたというふうにはとれない。
 警察側は、「取り調べの様子をビデオ撮影はしないのか?」という質問に、「捜査に支障が出るから検討しない」と答えている。「支障」ねえ…。
 いったん自白をすると、刑事たちは一転、「人情家」に変わる。容疑者に同情しながら調書の作成を行っていく。
 一方弁護人は、否認する氏を「情状酌量」路線で弁護するため、氏に「私がやりました」という上申書まで提出させて、事実調べは行わなかった。
 『FRIDAY』2000年3月24日号の記事に、小林篤というルポライターの記事がある。「足利幼女連続殺人事件の真犯人は別にいる」という記事だ。
 これには、目撃者の証言と氏の自白証言が矛盾するので、捜査官が目撃証言を改ざんする様子が書かれている。氏は、公判廷では無実だと言い出したかと思えば再び犯行を認め、また無実を主張する、と二転三転した。無実ならなぜ作り話をしたのかと裁判官に問われると、「しゃべっちゃったんです、つい」と答えた。

 ここに一つの報道がある。氏のIQは77という軽度知的障害者なのだというものだ。小中学校を通して、内申書に「意志薄弱」「服従する傾向が顕著」と書かれていたという。知的障害のある人を思い浮かべると、なるほど、そういう傾向は多分にあるなと納得する。取り調べの時に、刑事たちにすぐに迎合してしまったのではないのか。
 山本譲司という元民主党の議員が、秘書給与流用で刑務所に入り、中の障害者の世話を通して経験した、獄中の障害者という視点から書かれた『累犯障害者』という本が、今は文庫にもなっている(新潮文庫)。この本のなかでも「冤罪と思われる多くの知的障害者が、獄中にいる」と書かれていた。知的障害の疑われる受刑者は、受刑者全体の3割弱にも上るそうだ。あまりにも多すぎる。背景についてもこの本に詳しい。
 彼ら彼女らは、法廷で反省の言葉を述べられないので心証が悪い。法廷での判決の言い渡しも理解できないことが多いだろう。仮釈放の時にも反省の言葉が出ないため、あるいは身内から拒否されているためなどの理由で、満期まで出所できないことが多い。刑務所内で懲罰にかけられる時にも、「思い切り3発ぶん殴りました」と言って調書に指印を押してある事件を、よくよく調べたら、殴られたのは彼のほうだったということもある。他人からの言葉に影響を受けやすく、相手に調子を合わせているうちに、記憶が混同してしまう。誘導や強要にいともやすやすと乗ってしまう。
 知的障害者が、手練手管の捜査官の取り調べの中、捜査官のストーリーに乗らずに主体性をどう維持していくかは、障害者の権利の中でも、とても難しい問題だ。もちろん彼ら彼女らが目撃者の立場になっても同様だし、さまざまな場面での主体性を保障することが求められる。今回の事件では、目撃者の証言すらも権力の圧力に迎合して変えられている。
 2006年に大阪弁護士会が「知的障害者刑事弁護マニュアル」を発表した。まずは弁護士から、弁護することの難しい知的障害者問題をお勉強してもらわないといけない。ろう者に手話通訳がつくように、「通訳」をつけるのもいい案だ。

 ぼくのことをいえば、ぼくもADHDフレーバー(香り)なので、発達の遅れがあった。若いときに交通事故を起こしたときにも、相手の怒りが怖くて、「実は風邪薬を飲んでいて、頭がボーっとしていました」と、自分が不利になるように言った覚えがある。真正面から対決する緊張感に耐えられなくて、自分を守れずに闘うべき相手に迎合する心理は、とてもよくわかる。


コメント


 sanoさん、いつも優しいコメントを有難うございます。
 菅谷さんとは、千葉刑で何度もすれ違っているので僕には久しぶりに見る懐かしい顔でした。
 彼の冤罪が晴れて本当に良かったと思います。
s anoさんの書かれている、障害者と罰の重さについてはまったくその通りです。
 有罪無罪というレベルの話だと耳目を集めますが、実際の犯人の場合のほうが問題が多いのです。捜査官は自分の成績を上げるために、その犯情を事実以上に悪く自白させます。
 未解決事件を別件として背負わせることもまれではありません。甘い言葉で釣れば、いくらでも誘導に乗ってしゃべってくれるのですから。
 刑務所で、そう嘆いている受刑者の例をたくさん見てきましたよ。


投稿者: 折山敏夫 | 2009年06月12日 12:40

完全冤罪かどうか、もういちど今の獄中者のチェックを行うのはもちろん、もっと踏み込んで、部分冤罪のチェックをして、晴らすことができるようになってこその法でしょう。


投稿者: 佐野 | 2009年06月14日 15:09

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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