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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

肉体労働をしていた(part2)

 コミュニティセンターの工事現場では、地下も駐車場を造るため掘り下げてあり、屋上での鉄筋を結ぶ作業をするために、6階の高さまで登るのは足がすくんだ。階段も細いぐらぐらするパイプの手すりが付いているだけで、床も隙間から下の地面まで見通せて吸い込まれそうだった。正月明けに酒を飲んで登った作業員が落ちて運ばれたが、どうなったかは聞かなかった。うちの組の職人は、「現場の事故で死んでもニュースにもならない」と言っていた。
 管理している元請けのゼネコンは、毎日の始業に全員でやるラジオ体操の時に、口を酸っぱくして「安全」を繰り返し、「安全ベルトの着用するように」と言っていた。労災は大変な出費なんだろう。

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 セメント袋はかならず一度に二袋で、肩に担いで運ばされた。力は介護のボランティアで鍛えていたのだけれど、階段を何往復もするのは、それでも結構キツかった。セメントで固めてしまう床には、みんながクズかご代わりに空き缶やゴミをポイポイ投げ入れていたので、ぼくはびっくりした。
 クレーンでの荷物おろしの手伝いをやっていて、ずっと長く続けるには誰でもできる作業をやっていては体力的にもダメで、ユンボやクレーンの免許は必須だと思った。歳取った免許のない人は、「水が溜まって両膝が痛い」が口癖だった。それでよく現場監督の目を盗んで休んでいた。ぼくも誘われるとさぼった。

 整地した、住宅にするための更地の水路掘りもやった。2人で背中合わせに掘り始め、お互い反対側に向かってスコップで掘り進めた。どれだけ掘ったかが一目瞭然なので、掘るのが遅いことがすごいプレッシャーになった。肉体労働をやっていて、手掘りが一番キツかった。二度とやりたくない。
 広いところはユンボで掘っていけるのだが、「運転は細いところを正確に掘るから、器用でないとできないな」とか、「回転する時にも作業員に当たらないように注意深さも必要だな」と思った。毎日手で掘るのがあまりにキツいので、終了となる5時の20分くらい前になると、スコップなどの道具を集めて、時間をかけて洗っていた。すると、「終わるのが早過ぎる。洗わんでもええ」と注意された。
 セメントで固める前に、バラス(ジャリ)を敷くのだが、「お前はからだが弱そうだから」と言われ、バラスをトラックで運ぶ仕事によくまわされた。運転している間はらくちんだった。バラスの集積場に行き、書類を渡し、巨大なユンボで3回くらいバラスを注いでもらうと2トントラックが山盛り一杯になり、上からユンボの腕の背で、ぎゅうぎゅうと押しつけてもらって、トラックの荷台の支え板を上げて出発だ。
 はじめは「リューベー」というバラスの量がわからなかったが、「立米」だと教えてもらって「立方メートル」だとわかった。ディーゼルはエンジンのかけ方が違い、はじめは温めておかなければエンジンがかからないが、いったんかかると、切ってもすぐにかかる。信号ストップでエンジンを切るのは大抵ディーゼルだ。トラックがバラスを満載して重くなると、ブレーキの効きがやたら悪くなる。加速度がつくとなかなか止まらないので、あせって何度も目一杯ブレーキを踏んだ。トラックが速度を落とさずに荒い運転をする理由がよくわかった。
 一度速度のついたまま交差点を曲がったら、遠心力でバラスをザアーっと道路にぶちまけてしまった。いったんは止めて、「どうしよう?」と悩んだが、道一杯に散らかったバラスをどうしようもなかったので、そのまま走り去った。ちゃんとトラックに竹箒を積んでいて、散らかったバラスなどをきれいにするのが、職人というものだということを後で知った。

(part3に続く)

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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